もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
「お持たせだけどどうぞ」
そう言って礼華さんがお茶受けを差し出した。それぞれの席にロールケーキが二種類置かれる。一つはチョコレート味、もう一つは限定のクリームチーズ味だ。
くそう、海斗のやつ。俺が狙っていたチーズクリームを買いやがったな。
俺は双子の弟を睨む。お互い別々に出発したのに、一歩出遅れたせいで俺は目的の品を買えなかった。クリームチーズは礼華さんの大好物なのに。
「今日の夕飯はどうだった?」
「とても美味しかったです」
「最高でした。毎日食べてもいいくらい」
俺達の言葉に礼華さんは満足そうだ。この春に短大を卒業した礼華さんは栄養士になるべく、更なる勉強を続けていた。
「じゃあ、今日のメニューで何が一番よかった?」
その質問に俺は「牛すね肉のトマト煮込み」と答えた。声がユニゾンする。俺は海斗と顔を見合わせた。
「さすが双子ね。好みも一緒」
嬉しそうな礼華さんの表情にお互いばつが悪くなった。仕方なく、俺達は出されたロールケーキにかぶりつく。会話などない。そっぽを向いて茶を飲んでいると、礼華さんがため息をついた。
「二人ともいつまで意地張ってるのよ。何で私が二人を夕食に誘ったか分かるよね? いい加減仲直りしなさい」
礼華さんのたしなめに俺達は肩をすくめる。しばらくの沈黙。口火をきったのは海斗が先だった。
「陸があやまれば許してやってもいい」
「それはこっちの台詞だ。海こそ土下座しろ」
「何?」
「何だと?」
「やめなさい!」
張りのある声に俺達は委縮した。
「貴方達、もう中学生でしょ? 人前で兄弟喧嘩して恥ずかしくないの? というか、喧嘩になった原因は何なわけ?」
合気道をしているせいか、礼華さんの声はよく通る。礼華さんに詰め寄られ、俺達は閉口した。原因を目の前にして実は、なんて言えるわけがない。
そもそもの発端は一週間前のこと。海斗は俺に内緒で礼華さんに会っていた。
双子の悲しい性なのか、俺と海斗は同じ人を好きになることが多い。だから俺達はルールを作った。同じ人を好きになった時は正々堂々と戦うこと。抜けがけは一切しないこと。なのに、今回それを破られた。
俺は腹いせに海斗の携帯に保存してあった礼華さんの画像を全て消去した。保存してるであろうSDカードも破壊してやった。海斗は烈火のごとく怒ったが、これはルールを破った報いだ。ざまあみろ。
俺達兄弟がそろって貝になっていると礼華さんが、まぁいいわ。と話を打ち切った。実は二人を呼んだ理由はもう一つあるの、と続けて言う。
「前から二人に合気道教えるって約束していたでしょう? でも私、それができなくなっちゃったの」
「え?」
「なんで?」
「お世話になった先生が怪我で入院して、しばらくの間先生の穴埋めをしなければならないの。ごめんね」
そう言って謝る礼華さんに俺達は首を横に振った。
「そんな、そういった理由なら全然OKです。気にしないで」と俺。
「そうそう。教えてもらうのはいつでもいいんだし」と海斗。
すると礼華さんはにっこり笑った。
「ああ、そのことなら大丈夫。代わりの先生を用意したから」
その時、タイミング良くインターホンが鳴った。
「あ、来たみたい。ちょっと待って」
礼華さんが部屋を出て行く。居心地の悪い時間がしばらく続いたあとで、再び扉が開く。礼華さんが連れてきたのは俺たちよりもひとまわり年上の男だった。
「こちら、平山修二さん。私の大学の先輩で今は師範をしているの」
「君達が陸斗君と海斗君だね。君達のことは礼華からよく聞いているよ。合気道に興味があるんだって?」
「そうなの。二人とも若いから、鍛えがいあるわよー」
「そりゃ楽しみだ」
平山という男は礼華さんの前で終始ご機嫌だった。礼華さんの頬が上気している。二人を包み込む雰囲気は何と言うか、先輩と後輩の域を超えているような。
「そうだ礼華。この間ウチに来た時、これ忘れてっただろう?」
「ああ、片方なくて探してたのよー ありがとう」
礼華さんが平山から受け取ったのは天然石のピアスだった。小さな石を留め具で抑えるタイプだ。普通、留め具のついたピアスを他人の家に置き忘れることなんてない。ということは礼華さんが自分で外したというわけで――え? ええっ!
俺は口をわなわなとふるわせる。ちらり隣りを見ると海斗が泡を食っていた。
こうして俺達の淡い恋は終わったのである。(1834文字)
双子の兄弟恋に破れる、な話。
そう言って礼華さんがお茶受けを差し出した。それぞれの席にロールケーキが二種類置かれる。一つはチョコレート味、もう一つは限定のクリームチーズ味だ。
くそう、海斗のやつ。俺が狙っていたチーズクリームを買いやがったな。
俺は双子の弟を睨む。お互い別々に出発したのに、一歩出遅れたせいで俺は目的の品を買えなかった。クリームチーズは礼華さんの大好物なのに。
「今日の夕飯はどうだった?」
「とても美味しかったです」
「最高でした。毎日食べてもいいくらい」
俺達の言葉に礼華さんは満足そうだ。この春に短大を卒業した礼華さんは栄養士になるべく、更なる勉強を続けていた。
「じゃあ、今日のメニューで何が一番よかった?」
その質問に俺は「牛すね肉のトマト煮込み」と答えた。声がユニゾンする。俺は海斗と顔を見合わせた。
「さすが双子ね。好みも一緒」
嬉しそうな礼華さんの表情にお互いばつが悪くなった。仕方なく、俺達は出されたロールケーキにかぶりつく。会話などない。そっぽを向いて茶を飲んでいると、礼華さんがため息をついた。
「二人ともいつまで意地張ってるのよ。何で私が二人を夕食に誘ったか分かるよね? いい加減仲直りしなさい」
礼華さんのたしなめに俺達は肩をすくめる。しばらくの沈黙。口火をきったのは海斗が先だった。
「陸があやまれば許してやってもいい」
「それはこっちの台詞だ。海こそ土下座しろ」
「何?」
「何だと?」
「やめなさい!」
張りのある声に俺達は委縮した。
「貴方達、もう中学生でしょ? 人前で兄弟喧嘩して恥ずかしくないの? というか、喧嘩になった原因は何なわけ?」
合気道をしているせいか、礼華さんの声はよく通る。礼華さんに詰め寄られ、俺達は閉口した。原因を目の前にして実は、なんて言えるわけがない。
そもそもの発端は一週間前のこと。海斗は俺に内緒で礼華さんに会っていた。
双子の悲しい性なのか、俺と海斗は同じ人を好きになることが多い。だから俺達はルールを作った。同じ人を好きになった時は正々堂々と戦うこと。抜けがけは一切しないこと。なのに、今回それを破られた。
俺は腹いせに海斗の携帯に保存してあった礼華さんの画像を全て消去した。保存してるであろうSDカードも破壊してやった。海斗は烈火のごとく怒ったが、これはルールを破った報いだ。ざまあみろ。
俺達兄弟がそろって貝になっていると礼華さんが、まぁいいわ。と話を打ち切った。実は二人を呼んだ理由はもう一つあるの、と続けて言う。
「前から二人に合気道教えるって約束していたでしょう? でも私、それができなくなっちゃったの」
「え?」
「なんで?」
「お世話になった先生が怪我で入院して、しばらくの間先生の穴埋めをしなければならないの。ごめんね」
そう言って謝る礼華さんに俺達は首を横に振った。
「そんな、そういった理由なら全然OKです。気にしないで」と俺。
「そうそう。教えてもらうのはいつでもいいんだし」と海斗。
すると礼華さんはにっこり笑った。
「ああ、そのことなら大丈夫。代わりの先生を用意したから」
その時、タイミング良くインターホンが鳴った。
「あ、来たみたい。ちょっと待って」
礼華さんが部屋を出て行く。居心地の悪い時間がしばらく続いたあとで、再び扉が開く。礼華さんが連れてきたのは俺たちよりもひとまわり年上の男だった。
「こちら、平山修二さん。私の大学の先輩で今は師範をしているの」
「君達が陸斗君と海斗君だね。君達のことは礼華からよく聞いているよ。合気道に興味があるんだって?」
「そうなの。二人とも若いから、鍛えがいあるわよー」
「そりゃ楽しみだ」
平山という男は礼華さんの前で終始ご機嫌だった。礼華さんの頬が上気している。二人を包み込む雰囲気は何と言うか、先輩と後輩の域を超えているような。
「そうだ礼華。この間ウチに来た時、これ忘れてっただろう?」
「ああ、片方なくて探してたのよー ありがとう」
礼華さんが平山から受け取ったのは天然石のピアスだった。小さな石を留め具で抑えるタイプだ。普通、留め具のついたピアスを他人の家に置き忘れることなんてない。ということは礼華さんが自分で外したというわけで――え? ええっ!
俺は口をわなわなとふるわせる。ちらり隣りを見ると海斗が泡を食っていた。
こうして俺達の淡い恋は終わったのである。(1834文字)
双子の兄弟恋に破れる、な話。
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2013
その日の私は不安が渦巻いていた。東吾の携帯に電話をかけても通じないのだ。耳元からは「電源が切れている為かかりません」というお決まりの文句が流れるばかり。たぶん、途中で充電が切れたのだろう。この分だと昼間送ったメールを読んでいるかどうかも怪しい。
ぶっちゃけ、電話もメールの内容も大したものじゃない。けど――
一度バイト先に行ってみようか?
ふとそんな思いがよぎる。でも直ぐに思い直した。彼女の身分振りかざして彼氏の仕事場に乗り込むのは私の柄じゃない。そこまでして東吾を束縛するつもりはない。
そう考える一方で、もう一人の自分が囁いた。束縛しないって言ってるけど、自分に都合のいい言い訳をしているだけじゃないの? 東吾と一緒にいる「あの女」の顔を見たくないの? と。
あの女とは東吾と同じファミレスで働いている女子高生のことだ。一度写メで顔を見たけど、可もなく不可もない地味目の女。東吾はあの女の教育係だった。
東吾曰く、あの女は今の自分が嫌いなのだと言う。学校に馴染めず、やりたいことも見つからない。このままだと、置いてきぼりにされそうで怖い――そういったことを言ったらしい。
東吾はその日バイト先であったことを私に話す。最初はへぇそうなんだ、で済んだ内容も東吾の就職が決まってからは少しずつ変わった。そのうちシフト変更や残業が増え、その理由の傍らにあの女の名が出るようになり、私はあの女にもやもやとした感情を抱くようになった。それが嫉妬だということは自分でも分かっていた。
その人、東吾に気があるんじゃない?冗談半分で私が言うと、東吾はまさか、と笑った。相手は女子高生だよ。あっちから見たら俺オジサンだろ?その答えに私は苦笑した。東吾はそういった事にてんで鈍感なのだ。まぁそれが東吾の持ち味なのだけど。そのおかげで私が救われたのも事実だ。
東吾は男女かまわず優しい。相手を決してないがしろにしないし、相手の相談に真摯に向き合う。無償の優しさに惹かれた女性は過去にもいた。でも彼女は自分の気持ちに葛藤を抱いていたし、彼女は東吾への好意も私への背徳も嫉妬も全部自分の中に閉じ込めて、告白もせず私たちから離れていった。
あの女は彼女に似てると東吾は言う。でも私はそう思わない。あの女の言動からは東吾に対する「迷い」が見えてこない。だからこそ私は不安になるし苛立ちもする。それが杞憂だってことも分かっている。東吾の気持ちはいつだって私の方を向いているってことも。
けど私の中では「まさか」の事態が拭えないのだ。顔を合わせる時間が少なくなったなら尚更のこと。同棲を始めたのにすれ違ってばかりで――これじゃ一人暮らしの時と何ら変わらない。
「さみしいなぁ……」
私は携帯を机に伏せ、ため息をつく。昨日まで私はこのやり場のない思いを酒にぶつけていた。当てつけに男友達と飲んでいたけど、東吾はきっと私の本心に気づいてない。
東吾の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿阿呆ぉ! 今日こそ家出してやるんだから!
とはいえ、誰の所に転がりこめばいい?
私は自分に問いかける。すぐに思い浮かんだのは離れてしまった親友の顔だった。(1313文字)
本サイト連載中「プレゼント」より芽衣子視点。このような経緯で映画館にいた綾にメールが届いたという。この時点で東吾はまだ仕事中。携帯も解約されてなかった。
ぶっちゃけ、電話もメールの内容も大したものじゃない。けど――
一度バイト先に行ってみようか?
ふとそんな思いがよぎる。でも直ぐに思い直した。彼女の身分振りかざして彼氏の仕事場に乗り込むのは私の柄じゃない。そこまでして東吾を束縛するつもりはない。
そう考える一方で、もう一人の自分が囁いた。束縛しないって言ってるけど、自分に都合のいい言い訳をしているだけじゃないの? 東吾と一緒にいる「あの女」の顔を見たくないの? と。
あの女とは東吾と同じファミレスで働いている女子高生のことだ。一度写メで顔を見たけど、可もなく不可もない地味目の女。東吾はあの女の教育係だった。
東吾曰く、あの女は今の自分が嫌いなのだと言う。学校に馴染めず、やりたいことも見つからない。このままだと、置いてきぼりにされそうで怖い――そういったことを言ったらしい。
東吾はその日バイト先であったことを私に話す。最初はへぇそうなんだ、で済んだ内容も東吾の就職が決まってからは少しずつ変わった。そのうちシフト変更や残業が増え、その理由の傍らにあの女の名が出るようになり、私はあの女にもやもやとした感情を抱くようになった。それが嫉妬だということは自分でも分かっていた。
その人、東吾に気があるんじゃない?冗談半分で私が言うと、東吾はまさか、と笑った。相手は女子高生だよ。あっちから見たら俺オジサンだろ?その答えに私は苦笑した。東吾はそういった事にてんで鈍感なのだ。まぁそれが東吾の持ち味なのだけど。そのおかげで私が救われたのも事実だ。
東吾は男女かまわず優しい。相手を決してないがしろにしないし、相手の相談に真摯に向き合う。無償の優しさに惹かれた女性は過去にもいた。でも彼女は自分の気持ちに葛藤を抱いていたし、彼女は東吾への好意も私への背徳も嫉妬も全部自分の中に閉じ込めて、告白もせず私たちから離れていった。
あの女は彼女に似てると東吾は言う。でも私はそう思わない。あの女の言動からは東吾に対する「迷い」が見えてこない。だからこそ私は不安になるし苛立ちもする。それが杞憂だってことも分かっている。東吾の気持ちはいつだって私の方を向いているってことも。
けど私の中では「まさか」の事態が拭えないのだ。顔を合わせる時間が少なくなったなら尚更のこと。同棲を始めたのにすれ違ってばかりで――これじゃ一人暮らしの時と何ら変わらない。
「さみしいなぁ……」
私は携帯を机に伏せ、ため息をつく。昨日まで私はこのやり場のない思いを酒にぶつけていた。当てつけに男友達と飲んでいたけど、東吾はきっと私の本心に気づいてない。
東吾の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿阿呆ぉ! 今日こそ家出してやるんだから!
とはいえ、誰の所に転がりこめばいい?
私は自分に問いかける。すぐに思い浮かんだのは離れてしまった親友の顔だった。(1313文字)
本サイト連載中「プレゼント」より芽衣子視点。このような経緯で映画館にいた綾にメールが届いたという。この時点で東吾はまだ仕事中。携帯も解約されてなかった。
2013
部室に一番乗りで入ると、黒板にこんなのが書かれていた。
以下 西に角 土地 地図にない
私は地図にない場所にいる。
ヒントは庵にすればいい。 by部長
某テレビ番組の影響か、部長は自作の暗号を作っては部員達に解かせようとする。本日のお題はこれらしい。暗号を一番に解いた者には部長からケーキのご褒美がある。それは部長の手作りで味は絶品。だから、皆必死に暗号を解いている。
私が口元に手を当てて考えていると庵がやってきた。黒板を見るなり、はぁ? とすっとんきょうな声を上げる。
「ヒントは庵にって、俺なにも聞いてないんだけどー」
「本当に?」
「ホントホント。なんならこの等身大フィギュアかけてもいい」
そう言って庵から命よりも大切だと言う魔法少女ナナちゃんを差し出されたものだから私はふむ、と唸る。どうやら庵の言っていることは本当らしい。
改めて黒板を見る。何度読み返しても違和感を覚える所がひとつあった。ヒントは~の部分だ。普通は「庵に聞けばいい」なのに「庵にすればいい」と書かれている。
何故「すればいい」なのか――
「そっか。『いをり』で『ちずに ない』なんだ」
私のつぶやきに庵が首をかしげた。言っている意味が分からないらしい。
私は黒板前に立つと文章の下に平仮名でルビをふった。
「つまり、この文章の『い』を『り』にして『ち』と『ず』と『に』は省いて、残った文字を繋げるってわけ。そうすると――」
「なるほど、そういうことか!」
私が全ての変換を終える前に庵が叫んだ。真っ先に部室を飛び出す。おいこら待て! 先に解いたのは私だぞ。
私は全速力で庵を追いかけた。(711文字)
お題をどう消化しようか悩んで最後に暗号に走ったという……話そのものより暗号作る方が大変でへこたれたorz 答えは折りたたんでおきました
以下 西に角 土地 地図にない
私は地図にない場所にいる。
ヒントは庵にすればいい。 by部長
某テレビ番組の影響か、部長は自作の暗号を作っては部員達に解かせようとする。本日のお題はこれらしい。暗号を一番に解いた者には部長からケーキのご褒美がある。それは部長の手作りで味は絶品。だから、皆必死に暗号を解いている。
私が口元に手を当てて考えていると庵がやってきた。黒板を見るなり、はぁ? とすっとんきょうな声を上げる。
「ヒントは庵にって、俺なにも聞いてないんだけどー」
「本当に?」
「ホントホント。なんならこの等身大フィギュアかけてもいい」
そう言って庵から命よりも大切だと言う魔法少女ナナちゃんを差し出されたものだから私はふむ、と唸る。どうやら庵の言っていることは本当らしい。
改めて黒板を見る。何度読み返しても違和感を覚える所がひとつあった。ヒントは~の部分だ。普通は「庵に聞けばいい」なのに「庵にすればいい」と書かれている。
何故「すればいい」なのか――
「そっか。『いをり』で『ちずに ない』なんだ」
私のつぶやきに庵が首をかしげた。言っている意味が分からないらしい。
私は黒板前に立つと文章の下に平仮名でルビをふった。
「つまり、この文章の『い』を『り』にして『ち』と『ず』と『に』は省いて、残った文字を繋げるってわけ。そうすると――」
「なるほど、そういうことか!」
私が全ての変換を終える前に庵が叫んだ。真っ先に部室を飛び出す。おいこら待て! 先に解いたのは私だぞ。
私は全速力で庵を追いかけた。(711文字)
お題をどう消化しようか悩んで最後に暗号に走ったという……話そのものより暗号作る方が大変でへこたれたorz 答えは折りたたんでおきました
2013
ひととおりの店を回ったあと、私達は近くの木陰で休息を取った。先ほど買った果物をナイフで割ると、比較的きれいな方を彼女に差し出す。
「夕方になると闇市が開かれる。値段は張るがそこで必要なものを調達しよう」
「分かりました」
「どうだい? 庶民の生活は」
「私が思う以上に大変でした。皆さんは毎日身を粉にして働いているんですね」
彼女は自分の両手をじっと見つめる。白く美しかった彼女の手も今はあかぎれが目立つ。顔は浅黒く泥をかぶっていた。もう何日も風呂に入っていない。おそらく、目の前にいる少女がこの国の王女だと気づく者はいないだろう。
もともと私は畑で採れた作物を城に献上する農民だ。彼女に声をかけられるなど恐れ多い。彼女の目にとまったのは気まぐれとしか言いようがない。
庶民の暮らしを知りたい――彼女に言われた時、最初は冗談かと思ったが、数日後本当にやってきたから驚いた。しかも彼女は手ぶら。困った私は着替えにと亡くなった妻の結婚衣装を用意すると、いきなり怒鳴られた。
「私を馬鹿にしてるのですか! 私は庶民の生活を学びに来たんです。貴方達と同じ格好でなければ意味がないでしょう!」
そして彼女からは敬語もやめるようにと付け加えられた。彼女の破天荒ぶりに私は最初、困惑を隠せなかった。
私の生活は夜明けとともに始まる。
起きてすぐ、外にある井戸の水を汲む。それから竈に火を起こし飯を作る。洗濯と簡単な掃除が終わったら、家畜を解放し畑を耕す。日が沈む前に家畜を小屋に戻し、夕食の準備。その後壊れた道具や服を繕ってようやく眠る――それをひたすら繰り返す毎日だ。
私から与えられる仕事に彼女は文句ひとつ言わなかった。私の日常は彼女にとって非日常であり、未知との遭遇でもあっただろう。彼女自身、最初は興味本位で楽しんでいたかもしれない。それでも理不尽に思ったことはあるはずだ。
例えば買い物。表通りにある店は主人が相手の身なりを見て品物を売るか決める。案の定、みすぼらしい服装の私と彼女を店主は門前払いにした。
いくつか店を回ったが、反応はどこも同じだった。結局表通りで買えたのは腐った果物ひとつだけだった。
彼女が城を降りてひと月が経とうとしている。朝夕働きづめの上、ろくなものを食べず――頬もこけてきた。今の彼女を城の者が見たら心底心配するだろう。
「城に戻りますか?」
私は助け船を出す。だが彼女はいいえ、と即答した。熟れた果実を見つめながら城にはまだ戻りません、と言う。
どことなく不機嫌そうな彼女に私は首をかしげた。果物をかじる。腐った所を含んだせいか、甘みとも苦みとも言えぬ不味さが舌に広がった。それと同時に気づく。彼女は腐った部分も平等に分けて欲しかったということを。
「あなたは怖いもの知らずだな。なんでも同じでないと気が済まない」
「どうして? 貴方達と同じにしないと意味ないじゃない」
「そうですね。でも、知らない方が幸せであることもあるんですよ」
「え?」
「例えば闇市では不法な商売がある。高利貸しに人買い――人殺しは日常茶飯事。目をそむけたくなる様なことが当たり前に行われる。貴方はそれに耐えられるかい?」
私はあえて厳しい言葉を突きつけた。彼女の中に一瞬の迷いが宿る。一度うつむき、顔をあげた。覚悟をもってはい、と答える。
「私はこの国の全てを知らなければなりません。いいところも、悪い所も。全て知って、どうすれば民が幸せになるのかを考え、動かなければならない。
それがこの国を治める者の務めだと、私は思います」
彼女の言葉に私はほう、と唸る。年はまだ十六、七だと聞いていた。彼女の言葉に青臭さはあるが、根性はなかなかのものである。この言葉、門前払いした奴らに是非聞かせてやりたい。
私は果物の種を吐くと立ち上がった。麻の袋を背負う。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
彼女は立ち上がった。全てを受け入れるために歩きだす。
数十年後の未来はそう悪いものではなさそうだ――私は彼女の横で微笑んだ。(1681文字)
王女様、庶民になる。な話。主人公は農民だけど元英雄という設定。でなきゃ城の者も納得しないだろうという……
「夕方になると闇市が開かれる。値段は張るがそこで必要なものを調達しよう」
「分かりました」
「どうだい? 庶民の生活は」
「私が思う以上に大変でした。皆さんは毎日身を粉にして働いているんですね」
彼女は自分の両手をじっと見つめる。白く美しかった彼女の手も今はあかぎれが目立つ。顔は浅黒く泥をかぶっていた。もう何日も風呂に入っていない。おそらく、目の前にいる少女がこの国の王女だと気づく者はいないだろう。
もともと私は畑で採れた作物を城に献上する農民だ。彼女に声をかけられるなど恐れ多い。彼女の目にとまったのは気まぐれとしか言いようがない。
庶民の暮らしを知りたい――彼女に言われた時、最初は冗談かと思ったが、数日後本当にやってきたから驚いた。しかも彼女は手ぶら。困った私は着替えにと亡くなった妻の結婚衣装を用意すると、いきなり怒鳴られた。
「私を馬鹿にしてるのですか! 私は庶民の生活を学びに来たんです。貴方達と同じ格好でなければ意味がないでしょう!」
そして彼女からは敬語もやめるようにと付け加えられた。彼女の破天荒ぶりに私は最初、困惑を隠せなかった。
私の生活は夜明けとともに始まる。
起きてすぐ、外にある井戸の水を汲む。それから竈に火を起こし飯を作る。洗濯と簡単な掃除が終わったら、家畜を解放し畑を耕す。日が沈む前に家畜を小屋に戻し、夕食の準備。その後壊れた道具や服を繕ってようやく眠る――それをひたすら繰り返す毎日だ。
私から与えられる仕事に彼女は文句ひとつ言わなかった。私の日常は彼女にとって非日常であり、未知との遭遇でもあっただろう。彼女自身、最初は興味本位で楽しんでいたかもしれない。それでも理不尽に思ったことはあるはずだ。
例えば買い物。表通りにある店は主人が相手の身なりを見て品物を売るか決める。案の定、みすぼらしい服装の私と彼女を店主は門前払いにした。
いくつか店を回ったが、反応はどこも同じだった。結局表通りで買えたのは腐った果物ひとつだけだった。
彼女が城を降りてひと月が経とうとしている。朝夕働きづめの上、ろくなものを食べず――頬もこけてきた。今の彼女を城の者が見たら心底心配するだろう。
「城に戻りますか?」
私は助け船を出す。だが彼女はいいえ、と即答した。熟れた果実を見つめながら城にはまだ戻りません、と言う。
どことなく不機嫌そうな彼女に私は首をかしげた。果物をかじる。腐った所を含んだせいか、甘みとも苦みとも言えぬ不味さが舌に広がった。それと同時に気づく。彼女は腐った部分も平等に分けて欲しかったということを。
「あなたは怖いもの知らずだな。なんでも同じでないと気が済まない」
「どうして? 貴方達と同じにしないと意味ないじゃない」
「そうですね。でも、知らない方が幸せであることもあるんですよ」
「え?」
「例えば闇市では不法な商売がある。高利貸しに人買い――人殺しは日常茶飯事。目をそむけたくなる様なことが当たり前に行われる。貴方はそれに耐えられるかい?」
私はあえて厳しい言葉を突きつけた。彼女の中に一瞬の迷いが宿る。一度うつむき、顔をあげた。覚悟をもってはい、と答える。
「私はこの国の全てを知らなければなりません。いいところも、悪い所も。全て知って、どうすれば民が幸せになるのかを考え、動かなければならない。
それがこの国を治める者の務めだと、私は思います」
彼女の言葉に私はほう、と唸る。年はまだ十六、七だと聞いていた。彼女の言葉に青臭さはあるが、根性はなかなかのものである。この言葉、門前払いした奴らに是非聞かせてやりたい。
私は果物の種を吐くと立ち上がった。麻の袋を背負う。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
彼女は立ち上がった。全てを受け入れるために歩きだす。
数十年後の未来はそう悪いものではなさそうだ――私は彼女の横で微笑んだ。(1681文字)
王女様、庶民になる。な話。主人公は農民だけど元英雄という設定。でなきゃ城の者も納得しないだろうという……
2013
私が事務室に入ると、社長がカップラーメンをすすっていた。
「社長、今日『も』ラーメンですか?」
「今日は限定のとんこつ味にしてみた」
「というか、昨日の昼も夜もラーメンだったじゃないですか。栄養偏りません?」
「いや。ラーメンばかり食べているわけじゃない。野菜もちゃんと取っているぞ。昨日の昼は八宝菜も食べたし、夜はタンメンだ。今朝は青椒肉絲を作ってきたぞ。
知っているか? ピーマンは繊維を断つように切ってチンしてから炒めると苦みが消えるんだ。君も一度試してみるがいい」
「はいはい」
私は適当に相づちを打ってから自分の席についた。パソコンを起動し本社からのデーターが届いていることを確認する。それを指定された書式に打ち込むのが私の仕事。
私は気分を上げるため、音楽を聞くことにした。鍵付きの引き出しにあったCDを出そうとして――あれ? とつぶやく。
「社長。引き出しにあったCD知りません?」
「さぁ?」
「おかしいなぁ……」
私は首をかしげる。確かに鍵かけて入れたはずなのに。
「そういえば、早番の社員が来た時、この部屋の鍵がかかってなかったって言ってたなぁ。でも金庫も荒らされてないし、単純に俺が昨日かけ忘れたのかなぁ、と思ってたんだけど」
「やだ。防犯カメラちゃんと確認してくださいよ! 泥棒だったらどうするんですか」
私は引き出しの中をまんべんなく調べ、なくなった物がないか調べた。念のため、金庫の中も確認する。見る限りなくなったのは私のCDだけ、のようだ。私の中で泥棒に対する怒りがふつふつと湧いてくる。
一方、社長はラーメン片手にモニターを見ていた。
録画した防犯カメラの映像を昨日退社した時間に戻す。そこから二倍速で送ると三分後に変化が起きた。四分割画面の左下、事務室前の廊下で怪しげな覆面男が扉の前で何かしている。錠前破りだ。
「ほーらー、やっぱり泥棒じゃないですか! 警察呼んでください!」
「別に呼んでもいいけどさ。CDって、もしかして『持出厳禁』って大きなラベル貼ってあったやつ?」
「そうです」
「だったら警察呼ばなくてもいいんじゃない?」
「そんな!」
「だって、あんなの盗んでも得にならないし。あれ君の趣味でしょ? ヘビロテして飽きたりしない?」
「社長のラーメンと一緒にしないで下さい! 私にとっては重要なんです。あれ聞かないと調子でないんです!」
あれはもう廃番なのに。中古屋でようやく見つけたレアものなのに。
私はラベルの裏に隠されたイケメンたちの抱擁を思い出す。濃厚な体の触れ合いが収録されたそれは、私達腐女子の中でも人気の高い作品だった。
「あんまり変わらないと思うんだけどねぇ」
そう言って社長がとんこつスープをすする。頭にきた私は社長の足を思いっきり蹴り飛ばした。(1170文字)
同じころ、某所では泥棒が憤死してましたとさ。CDを売り飛ばすまで頭が回ったかどうかは、誰も知らず。
「社長、今日『も』ラーメンですか?」
「今日は限定のとんこつ味にしてみた」
「というか、昨日の昼も夜もラーメンだったじゃないですか。栄養偏りません?」
「いや。ラーメンばかり食べているわけじゃない。野菜もちゃんと取っているぞ。昨日の昼は八宝菜も食べたし、夜はタンメンだ。今朝は青椒肉絲を作ってきたぞ。
知っているか? ピーマンは繊維を断つように切ってチンしてから炒めると苦みが消えるんだ。君も一度試してみるがいい」
「はいはい」
私は適当に相づちを打ってから自分の席についた。パソコンを起動し本社からのデーターが届いていることを確認する。それを指定された書式に打ち込むのが私の仕事。
私は気分を上げるため、音楽を聞くことにした。鍵付きの引き出しにあったCDを出そうとして――あれ? とつぶやく。
「社長。引き出しにあったCD知りません?」
「さぁ?」
「おかしいなぁ……」
私は首をかしげる。確かに鍵かけて入れたはずなのに。
「そういえば、早番の社員が来た時、この部屋の鍵がかかってなかったって言ってたなぁ。でも金庫も荒らされてないし、単純に俺が昨日かけ忘れたのかなぁ、と思ってたんだけど」
「やだ。防犯カメラちゃんと確認してくださいよ! 泥棒だったらどうするんですか」
私は引き出しの中をまんべんなく調べ、なくなった物がないか調べた。念のため、金庫の中も確認する。見る限りなくなったのは私のCDだけ、のようだ。私の中で泥棒に対する怒りがふつふつと湧いてくる。
一方、社長はラーメン片手にモニターを見ていた。
録画した防犯カメラの映像を昨日退社した時間に戻す。そこから二倍速で送ると三分後に変化が起きた。四分割画面の左下、事務室前の廊下で怪しげな覆面男が扉の前で何かしている。錠前破りだ。
「ほーらー、やっぱり泥棒じゃないですか! 警察呼んでください!」
「別に呼んでもいいけどさ。CDって、もしかして『持出厳禁』って大きなラベル貼ってあったやつ?」
「そうです」
「だったら警察呼ばなくてもいいんじゃない?」
「そんな!」
「だって、あんなの盗んでも得にならないし。あれ君の趣味でしょ? ヘビロテして飽きたりしない?」
「社長のラーメンと一緒にしないで下さい! 私にとっては重要なんです。あれ聞かないと調子でないんです!」
あれはもう廃番なのに。中古屋でようやく見つけたレアものなのに。
私はラベルの裏に隠されたイケメンたちの抱擁を思い出す。濃厚な体の触れ合いが収録されたそれは、私達腐女子の中でも人気の高い作品だった。
「あんまり変わらないと思うんだけどねぇ」
そう言って社長がとんこつスープをすする。頭にきた私は社長の足を思いっきり蹴り飛ばした。(1170文字)
同じころ、某所では泥棒が憤死してましたとさ。CDを売り飛ばすまで頭が回ったかどうかは、誰も知らず。
プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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