もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
買ったパンを食べるべく公園のベンチに向かうと、そこに黒皮の本が置かれていた。
「魔法大全集?」
私は本のタイトルを声に出して読む。すると、
「そなた、その本が読めるのか?」
と後ろにいた老人が聞いてきた。
老人の質問に私は読めるも何も、と言いかけ、はっとする。書かれている文字が日本語じゃなかったからだ。英語ともアラビア語とも違う。歴史で学んだ象形文字にも似つかない。今まで見たことがなかった。
じゃあ何故私はこれを読めた?
「ふぉふぉ、どうやらそなたには素質があるようじゃのう」
長い顎髭をもてあましながら老人は言う。
「そなた、儂のような魔法使いにならんかえ?」
老人の言葉に私はくるりと踵を返した。さわらぬ神に祟りなし、だいたいその三角帽子は何? 長い白髪と顎髭は何? 今日はコミケでもアニフェスの日でもない。なのに、そのいかにも的なコスプレは何。どう見ても怪しいだろ。
「宗教の勧誘はお断りします」
私は早足で公園をあとにした。交差点に出る。丁度信号が青になったので渡ると、車が私めがけて突っ込んできた。
ぶつかる!
私は目を瞑る。体がふわりと浮いた。衝撃に耐えるべく体を縮めるけど――あれ? 一向に落ちる気配がない。
私は恐る恐る目を開ける。目の前にさっきの老人がいた。
「危ない所だったのぅ」
のんびりとした口調。ヨボヨボの体が浮いている。私は自分の足下を見てぎょっとした。ちょ、空に浮かんでるんですけど。これは夢ですか?
老人は抱えていた本を開き何かを唱えた。小さなかまいたちが私たちを取り囲む。風は私をさっきの公園に下ろしてくれた。
「お爺さんって本当に魔法使いだったんですね」
「勿論じゃ。信じてくれたかのう」
「はい。あの、ありがとうございます。助かりました」
「そう思うなら儂の弟子になってくれんか」
「は?」
「魔法の世界も後継者不足でのう。なぁに、弟子と言っても週に二回儂の所で修行してもらうだけでいいんじゃ。習い事と一緒と思えばよい」
老人の言葉に私は唸る。不安要素は沢山だ。けどまぁ助けて貰ったし、習い事感覚でいいなら構わないか。
「いいわ。弟子になる」
老人は喜び、早速契約を結ぼうと言った。その笑顔に裏があると気づいたのは一週間後のこと。
その時の私は契約の果てにとんでもないことが待ち受けていることを知らずにいた。(990文字)
「09.真夜中の祭」「30.魔法の呪文」に続き魔法使いネタ。主人公の受難はここから始まったといってもいい。
「魔法大全集?」
私は本のタイトルを声に出して読む。すると、
「そなた、その本が読めるのか?」
と後ろにいた老人が聞いてきた。
老人の質問に私は読めるも何も、と言いかけ、はっとする。書かれている文字が日本語じゃなかったからだ。英語ともアラビア語とも違う。歴史で学んだ象形文字にも似つかない。今まで見たことがなかった。
じゃあ何故私はこれを読めた?
「ふぉふぉ、どうやらそなたには素質があるようじゃのう」
長い顎髭をもてあましながら老人は言う。
「そなた、儂のような魔法使いにならんかえ?」
老人の言葉に私はくるりと踵を返した。さわらぬ神に祟りなし、だいたいその三角帽子は何? 長い白髪と顎髭は何? 今日はコミケでもアニフェスの日でもない。なのに、そのいかにも的なコスプレは何。どう見ても怪しいだろ。
「宗教の勧誘はお断りします」
私は早足で公園をあとにした。交差点に出る。丁度信号が青になったので渡ると、車が私めがけて突っ込んできた。
ぶつかる!
私は目を瞑る。体がふわりと浮いた。衝撃に耐えるべく体を縮めるけど――あれ? 一向に落ちる気配がない。
私は恐る恐る目を開ける。目の前にさっきの老人がいた。
「危ない所だったのぅ」
のんびりとした口調。ヨボヨボの体が浮いている。私は自分の足下を見てぎょっとした。ちょ、空に浮かんでるんですけど。これは夢ですか?
老人は抱えていた本を開き何かを唱えた。小さなかまいたちが私たちを取り囲む。風は私をさっきの公園に下ろしてくれた。
「お爺さんって本当に魔法使いだったんですね」
「勿論じゃ。信じてくれたかのう」
「はい。あの、ありがとうございます。助かりました」
「そう思うなら儂の弟子になってくれんか」
「は?」
「魔法の世界も後継者不足でのう。なぁに、弟子と言っても週に二回儂の所で修行してもらうだけでいいんじゃ。習い事と一緒と思えばよい」
老人の言葉に私は唸る。不安要素は沢山だ。けどまぁ助けて貰ったし、習い事感覚でいいなら構わないか。
「いいわ。弟子になる」
老人は喜び、早速契約を結ぼうと言った。その笑顔に裏があると気づいたのは一週間後のこと。
その時の私は契約の果てにとんでもないことが待ち受けていることを知らずにいた。(990文字)
「09.真夜中の祭」「30.魔法の呪文」に続き魔法使いネタ。主人公の受難はここから始まったといってもいい。
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2013
その夜、月は雲に籠っていた。
私は息子の辰之進を連れていた。増改築を繰り返した館の廊下を歩く。うねる道の終は行き止まりだった。
私は壁に蝋燭をかざす。板と板の合間にある楔を見つけ、つまみ出した。楔を横に引き壁をずらす。開いた扉の奥に小さな部屋が現れる。
半畳ほどの板間はいわゆる「隠し部屋」だ。床板が外れるようになっていて地下へ降りる階段がある。地下には横穴があり、それは村はずれの廃寺へ繋がっている。
ひととおりの説明を終えると息子はほう、とため息をついた。
「まさか、この館に抜け道があったとは」
「抜け道を知っているのは殿と私の二人だけだ。近いうちここも戦場になる。敵はいつ城に侵入してもおかしくない。よいか辰之進。その時は奥方様をここに案内しろ。二人で峠を越え、奥方の実家へ向かうのだ」
「分かりました。無事奥方様を送りましたら私も城に戻りましょう」
「否、おまえは戻らなくてよい」
「どうしてですか?」
「もうよいのだよ――『お辰』」
久々に呼ぶ名に息子の目が見開く。男の皮が剥がれた。しゃがれた声が消え甲高い声が響き渡る。
「私が女子だからですか? 女子では役に立たないと、父上はおっしゃるのですか?」
「それは違う」
「だったら何故!」
辰が私に詰め寄る。鼻息が酷くて持っている蝋燭が今にもにも消えそうだ。
私は興奮を抑えきれない娘を静かに諭した。
「この城はやがて落ちる。私は最期まで殿をお守りする所存だ」
「だったら私も」
「だがな。おまえがもしここで討たれたらと思うと――私は口惜しいのだ。
おまえを産んだ母上に申し訳が立たない、心苦しくて仕方ない。死に急ぐにおまえはあまりにも若すぎるのだ」
五人の子を授かったものの、男子に恵まれなかった私は末娘の辰を男として育てあげた。辰は利発で武道も秀でている。初陣では私の期待に応えてくれた。
男と肩を並べるのは大変だったことだろう。女であるが故に苦しんだこともあるだろう。姉達にひがまれても愚痴ひとつこぼさず、私の側にいてくれた。
この国は滅びの道を進んでいる。父親として子に出来ることはただひとつ。
「おまえは賢い。その知恵を別のことに生かせ。『辰』として新たな道を歩め」
「父上……」
「辰之進は私にとって最高の息子だった。ありがとう」
私の言葉に覚悟を見出したのだろう。辰は膝を折りその場にへたりこんだ。
私は再び蝋燭をかざす。娘の体が震えている。その頬に光るものを見つける。
辰は口元を手で覆い、今にもこぼれそうな感情を必死に殺していた。(1070文字)
戦国あたりの時代モノ。つっこむトコは色々あるんだが、時間切れになったのでそのままup
私は息子の辰之進を連れていた。増改築を繰り返した館の廊下を歩く。うねる道の終は行き止まりだった。
私は壁に蝋燭をかざす。板と板の合間にある楔を見つけ、つまみ出した。楔を横に引き壁をずらす。開いた扉の奥に小さな部屋が現れる。
半畳ほどの板間はいわゆる「隠し部屋」だ。床板が外れるようになっていて地下へ降りる階段がある。地下には横穴があり、それは村はずれの廃寺へ繋がっている。
ひととおりの説明を終えると息子はほう、とため息をついた。
「まさか、この館に抜け道があったとは」
「抜け道を知っているのは殿と私の二人だけだ。近いうちここも戦場になる。敵はいつ城に侵入してもおかしくない。よいか辰之進。その時は奥方様をここに案内しろ。二人で峠を越え、奥方の実家へ向かうのだ」
「分かりました。無事奥方様を送りましたら私も城に戻りましょう」
「否、おまえは戻らなくてよい」
「どうしてですか?」
「もうよいのだよ――『お辰』」
久々に呼ぶ名に息子の目が見開く。男の皮が剥がれた。しゃがれた声が消え甲高い声が響き渡る。
「私が女子だからですか? 女子では役に立たないと、父上はおっしゃるのですか?」
「それは違う」
「だったら何故!」
辰が私に詰め寄る。鼻息が酷くて持っている蝋燭が今にもにも消えそうだ。
私は興奮を抑えきれない娘を静かに諭した。
「この城はやがて落ちる。私は最期まで殿をお守りする所存だ」
「だったら私も」
「だがな。おまえがもしここで討たれたらと思うと――私は口惜しいのだ。
おまえを産んだ母上に申し訳が立たない、心苦しくて仕方ない。死に急ぐにおまえはあまりにも若すぎるのだ」
五人の子を授かったものの、男子に恵まれなかった私は末娘の辰を男として育てあげた。辰は利発で武道も秀でている。初陣では私の期待に応えてくれた。
男と肩を並べるのは大変だったことだろう。女であるが故に苦しんだこともあるだろう。姉達にひがまれても愚痴ひとつこぼさず、私の側にいてくれた。
この国は滅びの道を進んでいる。父親として子に出来ることはただひとつ。
「おまえは賢い。その知恵を別のことに生かせ。『辰』として新たな道を歩め」
「父上……」
「辰之進は私にとって最高の息子だった。ありがとう」
私の言葉に覚悟を見出したのだろう。辰は膝を折りその場にへたりこんだ。
私は再び蝋燭をかざす。娘の体が震えている。その頬に光るものを見つける。
辰は口元を手で覆い、今にもこぼれそうな感情を必死に殺していた。(1070文字)
戦国あたりの時代モノ。つっこむトコは色々あるんだが、時間切れになったのでそのままup
2013
「なぁ知ってるか? 隣のクラスの山田、あいつのいとこが足立と同中だったらしい。そのいとこが言うには、足立は中学の頃からすごかったって。
夜な夜なクラブに出入りしてたとか、二十歳差のオヤジと援助交際してたとか。そっちの中学じゃかなり有名な話らしいぜ。」
俺はクラスの奴らの話をそのまま伝えるが、佐藤からの反応はない。グラウンドの隅で黙々とスパイクのピンを外している。俺の話に興味がないようだ。
俺は自販機で買った炭酸を一気に飲みほした。桜の花びらが風に乗ってやってくる。
やがて全てのピンを外した佐藤がぽつり言った。
「足立さんって言葉キツイけど、悪い人じゃないと思う」
「なんで?」
「足立さんってさ、近所にいた猫に似てるんだよね」
「はぁ?」
「黒くて細くて毛並みが良くて、すっごく綺麗だったんだよ 」
「飼い猫か?」
「昔飼い猫だったけど、捨てられたって噂だった。すっごい警戒心強くてさ、人が近づくと引っかくんだ。で、あたしはその猫にどーしても触りたくて。その猫見つけた時はいつも餌をあげてたんだ。最初は遠くから見ているだけで徐々に距離を近くしてくの。触れるまで一年くらいかかったかな? あたしの手のひらで餌を食べてくれた時は嬉しかったなー」
話が本筋から逸れた気がするが、佐藤の言わんとしていることは分かった。
足立は美人だ。美人だと良くも悪くも目立つ。出回る噂も何処まで本当か分からない。もしそこに悪意がこめられてたら人間不信になるだろう。
そう考えると足立の言う「自分の回りは敵か味方か傍観者」も納得がいく。
「あ」
小さなつぶやきが耳に届く。気がつくと佐藤があさっての方向を向いていた。視線を追いかける。グラウンドにに噂の本人がいた。
俺はこっちに向かってくる足立に猫の姿を重ねる。黒い耳と尻尾、ケモノ皮のビキニ。あまりにも似合いすぎる。真っ先に浮かんだ言葉はもちろん萌えだ。ただ、本人にそのことを言えば確実に殺される。
俺は自分の邪な考えを速攻で消した。(844文字)
本サイト作品「スタートライン」高校一年生春の話。この頃の葉月はまだ「足立さん」と呼んでいたという
夜な夜なクラブに出入りしてたとか、二十歳差のオヤジと援助交際してたとか。そっちの中学じゃかなり有名な話らしいぜ。」
俺はクラスの奴らの話をそのまま伝えるが、佐藤からの反応はない。グラウンドの隅で黙々とスパイクのピンを外している。俺の話に興味がないようだ。
俺は自販機で買った炭酸を一気に飲みほした。桜の花びらが風に乗ってやってくる。
やがて全てのピンを外した佐藤がぽつり言った。
「足立さんって言葉キツイけど、悪い人じゃないと思う」
「なんで?」
「足立さんってさ、近所にいた猫に似てるんだよね」
「はぁ?」
「黒くて細くて毛並みが良くて、すっごく綺麗だったんだよ 」
「飼い猫か?」
「昔飼い猫だったけど、捨てられたって噂だった。すっごい警戒心強くてさ、人が近づくと引っかくんだ。で、あたしはその猫にどーしても触りたくて。その猫見つけた時はいつも餌をあげてたんだ。最初は遠くから見ているだけで徐々に距離を近くしてくの。触れるまで一年くらいかかったかな? あたしの手のひらで餌を食べてくれた時は嬉しかったなー」
話が本筋から逸れた気がするが、佐藤の言わんとしていることは分かった。
足立は美人だ。美人だと良くも悪くも目立つ。出回る噂も何処まで本当か分からない。もしそこに悪意がこめられてたら人間不信になるだろう。
そう考えると足立の言う「自分の回りは敵か味方か傍観者」も納得がいく。
「あ」
小さなつぶやきが耳に届く。気がつくと佐藤があさっての方向を向いていた。視線を追いかける。グラウンドにに噂の本人がいた。
俺はこっちに向かってくる足立に猫の姿を重ねる。黒い耳と尻尾、ケモノ皮のビキニ。あまりにも似合いすぎる。真っ先に浮かんだ言葉はもちろん萌えだ。ただ、本人にそのことを言えば確実に殺される。
俺は自分の邪な考えを速攻で消した。(844文字)
本サイト作品「スタートライン」高校一年生春の話。この頃の葉月はまだ「足立さん」と呼んでいたという
2013
孝太郎さんが帰るというので私たちは家の外まで見送ることにした。
孝太郎さんは旦那の従兄弟だ。子供の頃から旦那と仲が良い。この間まで海外で仕事をしていて、旦那とは実に十年ぶりの再会だった。
「ごちそうになりました」
「大したお構いもできずに……その、いろいろごめんね」
帰り際、私は孝太郎さんに謝る。孝太郎さんは笑顔で許してくれた。本当、心の広い人だなと思う。
「……じゃあ、駅まで送ってくるから」
義妹の美也ちゃんがそう言うと、横から旦那が口を挟んだ。
「送るんなら俺がいこうか? 積もる話もある――」
私は旦那の足を思いっきり踏みつけた。どうぞごゆっくり、と行って二人を送り出す。
「ったー、何すんだよ!」
「ここは二人っきりにさせてあげなさいよ」
「なんで?」
「なんでって、そういうことなの! いい加減気付け」
ここまで言って、旦那はやっと気付いたらしい。自分の妹と従兄弟、二人の背中を交互に見ながら目を白黒させる。
「あいつら付き合ってるの?」
私はため息をついた。この人が鈍感なのは知っていたけど、ここまでくると重症だ。
「おまえは知ってたのか?」
「もちろん」
「おまえらは?」
旦那は後ろにいた自分の弟妹に聞く。彼らの答えはもちろんイエス。
「姉ちゃん、昔から孝ちゃんになついてたし」
「孝ちゃんスーツ着てたよね。私『娘さんを下さい』って話になるかと思った」
「俺も」
顔を見合わせる彼らに私はうんうんと頷く。やはり二人はちゃんと空気を読めていた。
それなのにこの馬鹿旦那、家を訪れた従兄弟を両親の前で拉致るとは、一体どういう神経してるのやら。
昔のアルバムを出して語る、思い出の場所へ連れまわす。お互いの旧友を呼んで酒盛りまで始める――
普段は私が旦那の暴走を止める役だけど、買い物の帰りに車が故障してしまい、家に戻った時は既に手遅れだった。自分勝手な息子に家族は匙を投げ、美也ちゃんは居間でふつふつと怒りをたぎらせていた。
「とにもかくも、今日のあんたはKYすぎ。恥ずかしくて仕方なかったわよ」
私は旦那を小突く。孝太郎さんは日を改めて挨拶に来ることになったけど――本当二人には申し訳ない気持ちで一杯だ。
旦那はというと未だ信じられなさそうな顔をしている。
「あいつらいつの間に――つうか、いとこ同士の結婚ってアリなわけ? え? 大丈夫なのか?」
初歩的な質問に頭が痛くなる。足元で三歳の娘がけーわいってなに、と聞いてきたので私は答えた。
「KYってのは空気を読めないバカのこと。あなたはお父さんみたくならなくていいからね」(1087文字)
孝太郎さんは旦那の従兄弟だ。子供の頃から旦那と仲が良い。この間まで海外で仕事をしていて、旦那とは実に十年ぶりの再会だった。
「ごちそうになりました」
「大したお構いもできずに……その、いろいろごめんね」
帰り際、私は孝太郎さんに謝る。孝太郎さんは笑顔で許してくれた。本当、心の広い人だなと思う。
「……じゃあ、駅まで送ってくるから」
義妹の美也ちゃんがそう言うと、横から旦那が口を挟んだ。
「送るんなら俺がいこうか? 積もる話もある――」
私は旦那の足を思いっきり踏みつけた。どうぞごゆっくり、と行って二人を送り出す。
「ったー、何すんだよ!」
「ここは二人っきりにさせてあげなさいよ」
「なんで?」
「なんでって、そういうことなの! いい加減気付け」
ここまで言って、旦那はやっと気付いたらしい。自分の妹と従兄弟、二人の背中を交互に見ながら目を白黒させる。
「あいつら付き合ってるの?」
私はため息をついた。この人が鈍感なのは知っていたけど、ここまでくると重症だ。
「おまえは知ってたのか?」
「もちろん」
「おまえらは?」
旦那は後ろにいた自分の弟妹に聞く。彼らの答えはもちろんイエス。
「姉ちゃん、昔から孝ちゃんになついてたし」
「孝ちゃんスーツ着てたよね。私『娘さんを下さい』って話になるかと思った」
「俺も」
顔を見合わせる彼らに私はうんうんと頷く。やはり二人はちゃんと空気を読めていた。
それなのにこの馬鹿旦那、家を訪れた従兄弟を両親の前で拉致るとは、一体どういう神経してるのやら。
昔のアルバムを出して語る、思い出の場所へ連れまわす。お互いの旧友を呼んで酒盛りまで始める――
普段は私が旦那の暴走を止める役だけど、買い物の帰りに車が故障してしまい、家に戻った時は既に手遅れだった。自分勝手な息子に家族は匙を投げ、美也ちゃんは居間でふつふつと怒りをたぎらせていた。
「とにもかくも、今日のあんたはKYすぎ。恥ずかしくて仕方なかったわよ」
私は旦那を小突く。孝太郎さんは日を改めて挨拶に来ることになったけど――本当二人には申し訳ない気持ちで一杯だ。
旦那はというと未だ信じられなさそうな顔をしている。
「あいつらいつの間に――つうか、いとこ同士の結婚ってアリなわけ? え? 大丈夫なのか?」
初歩的な質問に頭が痛くなる。足元で三歳の娘がけーわいってなに、と聞いてきたので私は答えた。
「KYってのは空気を読めないバカのこと。あなたはお父さんみたくならなくていいからね」(1087文字)
2013
駅から家までの帰り道、普段は車を使うが今日は自転車だ。町境を超える帰り道は高校時代、アユと一緒に走った道でもあった。
すぐ近くの駄菓子屋でコーラを買う。アユはここのたい焼きが好きだった。
小さな商店街を抜ければ水田が広がる。蛙の声を聞きながら自転車を十分ほど走らせる。鬱蒼とした林道に入った。長い上り坂は息を切らせながらペダルを漕いだ。
町境越えて坂を下ると再び田園風景が広がる。水田にぽつぽつと建つ農家を通って道なりに進む。
やがて大きな橋が見えてきた。
俺は橋のまん中で自転車を止めた。ポケットをさぐる。中から出てきたのは銀色の指輪だった。俺とお揃いで、アユが就職でこの町を出る時に買ったものだ。
離れ離れになるけど心は変わらない。これは二人の絆の象徴だと思っていたのに――
実際は二年しか効力を持たなかった。別れ話の際、俺は浮気したアユを平手打ちにした。殴っても心は一向に晴れなかった。別れてからも俺は自分の指輪を外せずにいた。
――今日、アユのいる街へ行く機会があった。
日帰りの出張先がたまたまアユの住処の近くだっただけだけど、俺の足は勝手にそちらへと向かっていた。我ながら情けないと思う。
アユの住んでいる街は相変わらず住宅とビルが雑然と建っていた。緑と呼べるものは公園と庭先の鉢植え位だ。アユは駅前の量販店で働いていた。
俺は自分の顔を隠しながら店の隅に佇んだ。アユは接客に忙しくて俺に気づいてないようだった。
時折アユのはきはきとした声が聞こえる、鏡越しにアユの自信を持った笑顔が見える。どれもが俺の知っているアユじゃなかった。
俺の知っているアユは大人しい。弱っている者を見たら手を差し伸べる、心の優しい女。
どっか抜けている所とか、とろい所とか、全てが愛おしかった。
でもアユは変わってしまった。俺を置き去りにして――
俺は薬指につけていた自分の指輪を抜き取る。アユの指輪に重ねた。大きく振りかぶり川に投げる。銀色が清流に沈むのを確認すると俺は再びペダルを漕ぎ出した。
橋を渡ってしばらくすると、左右に広がるわかれ道にぶつかる。左に曲がれば俺の家、右に曲がればアユの家。
昔はここで別れるのが惜しくて何度も右に曲がった。でも今は――
俺はハンドルを左に切る。反対の道を一度見たあとで呟いた。さよなら、と。(984文字)
昨日書いた「70.一緒にいよう」のヒロ視点。
すぐ近くの駄菓子屋でコーラを買う。アユはここのたい焼きが好きだった。
小さな商店街を抜ければ水田が広がる。蛙の声を聞きながら自転車を十分ほど走らせる。鬱蒼とした林道に入った。長い上り坂は息を切らせながらペダルを漕いだ。
町境越えて坂を下ると再び田園風景が広がる。水田にぽつぽつと建つ農家を通って道なりに進む。
やがて大きな橋が見えてきた。
俺は橋のまん中で自転車を止めた。ポケットをさぐる。中から出てきたのは銀色の指輪だった。俺とお揃いで、アユが就職でこの町を出る時に買ったものだ。
離れ離れになるけど心は変わらない。これは二人の絆の象徴だと思っていたのに――
実際は二年しか効力を持たなかった。別れ話の際、俺は浮気したアユを平手打ちにした。殴っても心は一向に晴れなかった。別れてからも俺は自分の指輪を外せずにいた。
――今日、アユのいる街へ行く機会があった。
日帰りの出張先がたまたまアユの住処の近くだっただけだけど、俺の足は勝手にそちらへと向かっていた。我ながら情けないと思う。
アユの住んでいる街は相変わらず住宅とビルが雑然と建っていた。緑と呼べるものは公園と庭先の鉢植え位だ。アユは駅前の量販店で働いていた。
俺は自分の顔を隠しながら店の隅に佇んだ。アユは接客に忙しくて俺に気づいてないようだった。
時折アユのはきはきとした声が聞こえる、鏡越しにアユの自信を持った笑顔が見える。どれもが俺の知っているアユじゃなかった。
俺の知っているアユは大人しい。弱っている者を見たら手を差し伸べる、心の優しい女。
どっか抜けている所とか、とろい所とか、全てが愛おしかった。
でもアユは変わってしまった。俺を置き去りにして――
俺は薬指につけていた自分の指輪を抜き取る。アユの指輪に重ねた。大きく振りかぶり川に投げる。銀色が清流に沈むのを確認すると俺は再びペダルを漕ぎ出した。
橋を渡ってしばらくすると、左右に広がるわかれ道にぶつかる。左に曲がれば俺の家、右に曲がればアユの家。
昔はここで別れるのが惜しくて何度も右に曲がった。でも今は――
俺はハンドルを左に切る。反対の道を一度見たあとで呟いた。さよなら、と。(984文字)
昨日書いた「70.一緒にいよう」のヒロ視点。
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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