もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
注文したコーヒーが届いてから少しして、私は手に握っていたものをテーブルに置いた。恋人のヒロの前に差し出す。
銀色のそれは、今ヒロがしているのと同じ指輪だった。
離れ離れになっても心は側にある、そんな気持ちを込めてお互いに買ったものだった。
「私は二年前と同じ気持ちでいることはできなかった……ごめんなさい」
言葉を紡ぐと感情が高ぶる。泣いてはいけないと思った。自分から別れを切り出したのに、そこで泣くのはあまりにも卑怯すぎる。
私は指輪に視線を落とした。そこにヒロの歪んだ顔が映っていた。嘘だろ、と唇が動いている。
「約束したよな。おまえがこっちに帰ってきたら結婚しようって。今度こそ離れない、一緒にいようって。あれは嘘だったのか?」
ヒロの声が震えていた。私は唇をかむ。膝に置いた拳に力がこもった。
地元へ異動になったら結婚しよう――
確かにヒロ約束をした。でもそれは離れていてもお互いの気持ちが変わらなかったら、という前提があった。
私は就職を機に故郷を離れた。地元に就職したヒロと離れてもう二年が経とうとしている。知らない場所で暮すのは怖くて寂しくて、最初は何度もヒロに電話をした。
でも一年過ごすと親友と呼べる人ができた。仕事で尊敬できる上司に会った。ヒロ以外の男の人に出会った。
彼らは年齢も考え方も違う。彼らの生き様は興味深くて刺激的だ。話を聞く度私は狭い世界を生きていたのだと思い知らされた。
最初はヒロと会う時間がとても大切に思えたけど、その気持ちは徐々に薄れていった。
「男……か?」
しばらくして唸るような声が耳に届いた。私は息をのむ。顔をあげるとヒロが真剣な眼差しで見ていた。
「向こうで好きな男ができたのか?」
もう一度問われた。私は覚悟を決める。
「好きな人は、いた。振られたけど、一度だけ寝た」
ふいに風が切る。頬を叩かれた。平手だったのはヒロの優しさだろう。
「俺がいたのに告ったわけだ。上手くいったら二股かけてたってことか? ずいぶんだな」
「そう、だね」
私は腫れた頬のまま同意する。口元に慟哭が広がった。
私は臆病だから。もしそうなっていたら怖くて、きっとヒロに言えなかった。
でもその一方でヒロに叱咤してほしかったのだと思う。だって今、ぶたれてほっとしてる自分がいる。
ああ、やっぱり私はずるい女なのかもしれない。(996文字)
結婚ネタを書くつもりが別れ話になっていたという。色々書いたら洒落にならん文字数に。ここまで削るのに苦労した
銀色のそれは、今ヒロがしているのと同じ指輪だった。
離れ離れになっても心は側にある、そんな気持ちを込めてお互いに買ったものだった。
「私は二年前と同じ気持ちでいることはできなかった……ごめんなさい」
言葉を紡ぐと感情が高ぶる。泣いてはいけないと思った。自分から別れを切り出したのに、そこで泣くのはあまりにも卑怯すぎる。
私は指輪に視線を落とした。そこにヒロの歪んだ顔が映っていた。嘘だろ、と唇が動いている。
「約束したよな。おまえがこっちに帰ってきたら結婚しようって。今度こそ離れない、一緒にいようって。あれは嘘だったのか?」
ヒロの声が震えていた。私は唇をかむ。膝に置いた拳に力がこもった。
地元へ異動になったら結婚しよう――
確かにヒロ約束をした。でもそれは離れていてもお互いの気持ちが変わらなかったら、という前提があった。
私は就職を機に故郷を離れた。地元に就職したヒロと離れてもう二年が経とうとしている。知らない場所で暮すのは怖くて寂しくて、最初は何度もヒロに電話をした。
でも一年過ごすと親友と呼べる人ができた。仕事で尊敬できる上司に会った。ヒロ以外の男の人に出会った。
彼らは年齢も考え方も違う。彼らの生き様は興味深くて刺激的だ。話を聞く度私は狭い世界を生きていたのだと思い知らされた。
最初はヒロと会う時間がとても大切に思えたけど、その気持ちは徐々に薄れていった。
「男……か?」
しばらくして唸るような声が耳に届いた。私は息をのむ。顔をあげるとヒロが真剣な眼差しで見ていた。
「向こうで好きな男ができたのか?」
もう一度問われた。私は覚悟を決める。
「好きな人は、いた。振られたけど、一度だけ寝た」
ふいに風が切る。頬を叩かれた。平手だったのはヒロの優しさだろう。
「俺がいたのに告ったわけだ。上手くいったら二股かけてたってことか? ずいぶんだな」
「そう、だね」
私は腫れた頬のまま同意する。口元に慟哭が広がった。
私は臆病だから。もしそうなっていたら怖くて、きっとヒロに言えなかった。
でもその一方でヒロに叱咤してほしかったのだと思う。だって今、ぶたれてほっとしてる自分がいる。
ああ、やっぱり私はずるい女なのかもしれない。(996文字)
結婚ネタを書くつもりが別れ話になっていたという。色々書いたら洒落にならん文字数に。ここまで削るのに苦労した
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2013
ソフト部に入部してから三カ月目、晴天の霹靂が起きた。
今度の大会のスターティングメンバーに私が選ばれたからだ。
突然の抜擢に私は驚いた。思わず顔がにやけるけど、その喜びはすぐ消えた。
レギュラーの人たちに緊張が走っている。
私が選ばれた、これが事実ならレギュラーの誰かが一人外される、それもまた事実。
メンバーから外されたのは三年生だった。
毎日練習を欠かさない、努力家の先輩だ。先輩にとって次の試合は学生生活最後の大会だった。
名前を呼ばれ、先輩はうつむいた。悔しさをにじませている。何とも言えない重い雰囲気が回りを覆った。
無理もない。私はまだ三か月で、向こうは三年間の実績があったのだから。
私は唇を噛みしめた。感情を噛み砕き闇に放り込む。何とも言えない苦い味がする。
その日、練習が終わったあとで先輩に声をかけられた。
「レギュラー入りおめでとう」
先輩の言葉に悪意はない。だからこそ私は戸惑う。出てきた返事はは「すみません」の一言だった。
「何言ってんの。選ばれたことに自信を持って」
「でも」
「私に負い目を感じなくていい。ウチの部は実力主義、私情を挟まないって分かってるでしょう?」
先輩の言葉に私は頷く。ここで自分を卑下したら私は先輩の努力を否定することになる。それこそ先輩に失礼だ。
「誰に何を言われても堂々としてなさい。そして私が到底かなわないって思うような活躍をしなさい」
先輩の激励に私ははい、と大きな声をあげた。かぶっていた帽子を取り、先輩に一礼する。本当なら私のことを恨んでも仕方ないはずなのに。先輩の気づかいが嬉しくて、私は瞳を潤ませた。(698文字)
スポ根と勝負は切っても切れない関係。それもまた事実
今度の大会のスターティングメンバーに私が選ばれたからだ。
突然の抜擢に私は驚いた。思わず顔がにやけるけど、その喜びはすぐ消えた。
レギュラーの人たちに緊張が走っている。
私が選ばれた、これが事実ならレギュラーの誰かが一人外される、それもまた事実。
メンバーから外されたのは三年生だった。
毎日練習を欠かさない、努力家の先輩だ。先輩にとって次の試合は学生生活最後の大会だった。
名前を呼ばれ、先輩はうつむいた。悔しさをにじませている。何とも言えない重い雰囲気が回りを覆った。
無理もない。私はまだ三か月で、向こうは三年間の実績があったのだから。
私は唇を噛みしめた。感情を噛み砕き闇に放り込む。何とも言えない苦い味がする。
その日、練習が終わったあとで先輩に声をかけられた。
「レギュラー入りおめでとう」
先輩の言葉に悪意はない。だからこそ私は戸惑う。出てきた返事はは「すみません」の一言だった。
「何言ってんの。選ばれたことに自信を持って」
「でも」
「私に負い目を感じなくていい。ウチの部は実力主義、私情を挟まないって分かってるでしょう?」
先輩の言葉に私は頷く。ここで自分を卑下したら私は先輩の努力を否定することになる。それこそ先輩に失礼だ。
「誰に何を言われても堂々としてなさい。そして私が到底かなわないって思うような活躍をしなさい」
先輩の激励に私ははい、と大きな声をあげた。かぶっていた帽子を取り、先輩に一礼する。本当なら私のことを恨んでも仕方ないはずなのに。先輩の気づかいが嬉しくて、私は瞳を潤ませた。(698文字)
スポ根と勝負は切っても切れない関係。それもまた事実
2013
仕事からの帰り道、彼女に会った。
「こんばんは」
朗らかに微笑まれるとこちらの目じりも思わず下がってしまう。
彼女は近所に越してきた奥さんだ。今日もふわふわの洋服を着ていた。フリルのエプロンが良く似合う。
「今日は帰りが遅いんですね」
「ええ、まぁ」
「またウチに寄って行きませんか? おいしいお茶ごちそうしますよ」
彼女が上目遣いで俺を見る。これは明らかに俺を誘っている。
これまで俺は彼女の誘いを断れずにいた。その可愛い顔も、まとう香りも俺好みだったから。
それが向こうの作戦だと知っていても俺は彼女に甘んじていた。
でも、このままではまずい。
危機を感じた俺は今日、わざと帰宅時間をずらした。けど実際は彼女の方が一枚上手だったようだ。
今日誘いに乗ったら、本当にダメになる。
こんな俺を妻はどう思うだろう。
怒るだろうか。呆れるだろうか。
「どうぞ、遠慮しないで」
囁く彼女に俺は唾をのむ。
漂うのは甘い香り。俺の脳がじわじわと溶けていく。
この後の幸せを想像したら、いてもたってもいられなくなった。
「じゃあいちごのタルトを――テイクアウトでふたつ」
「ありがとうございます」
注文を受けた彼女が店の中へ入っていく。
こうして俺は今日も甘い毒に犯されるのであった。(554文字)
近所にできたケーキ屋の前での葛藤。久々に短くまとまった♪
「こんばんは」
朗らかに微笑まれるとこちらの目じりも思わず下がってしまう。
彼女は近所に越してきた奥さんだ。今日もふわふわの洋服を着ていた。フリルのエプロンが良く似合う。
「今日は帰りが遅いんですね」
「ええ、まぁ」
「またウチに寄って行きませんか? おいしいお茶ごちそうしますよ」
彼女が上目遣いで俺を見る。これは明らかに俺を誘っている。
これまで俺は彼女の誘いを断れずにいた。その可愛い顔も、まとう香りも俺好みだったから。
それが向こうの作戦だと知っていても俺は彼女に甘んじていた。
でも、このままではまずい。
危機を感じた俺は今日、わざと帰宅時間をずらした。けど実際は彼女の方が一枚上手だったようだ。
今日誘いに乗ったら、本当にダメになる。
こんな俺を妻はどう思うだろう。
怒るだろうか。呆れるだろうか。
「どうぞ、遠慮しないで」
囁く彼女に俺は唾をのむ。
漂うのは甘い香り。俺の脳がじわじわと溶けていく。
この後の幸せを想像したら、いてもたってもいられなくなった。
「じゃあいちごのタルトを――テイクアウトでふたつ」
「ありがとうございます」
注文を受けた彼女が店の中へ入っていく。
こうして俺は今日も甘い毒に犯されるのであった。(554文字)
近所にできたケーキ屋の前での葛藤。久々に短くまとまった♪
2013
ある秋の一日、動物たちがそれぞれの宝物を見せ合っていました。
松ぼっくりや栗の実、鮮やかな色の葉――その中でも蛙の宝物はひときわ輝いていました。
小さな箱の中にハートの模様が入った珠がひとつ入っています。その可愛らしさに他の動物たちは目を奪われました。
どこで拾ってきたの、と鳥が聞くと蛙は空から落ちてきたと言いました。
きっとこれは神さまからの贈り物だよ、と言う兎に蛙も頷きます。これは大切な宝物。大切すぎて触るのも恐れ多いんだと言いました。
蛙は宝物の入っている箱の蓋を閉めました。そして誰にも開けられないよう鍵をかけます。物重しい蛙に他の動物たちもほう、とため息をつきました。
やがて寒い冬がやってきます。蛙は冬の間土の中で寝て過ごします。蛙は土の中へ潜ると鍵のかかった箱を抱えて長い眠りにつきました。
雪が溶け、春が来ます。冬眠から覚めた蛙は宝箱に異変が起きていることに気づきました。鍵穴から小さな芽が出ていたのです。
どうしよう、宝物は大丈夫なのかしら?
蛙は気が気ではありません。すぐに鍵を解いて確かめたかったのですが、芽が鍵穴を塞いでしまっている以上、どうしようもありません。
箱を壊すことも考えましたが宝物も一緒に壊れてしまうのではないかと思い、できませんでした。
芽はやがて双葉となりました。蔓を伸ばし葉を増やします。夏が来るころには蕾をつけ、小さな白い花を沢山咲かせました。
花が落ちると、そこから緑色の風船が現れます。風船は風に揺れるとからからと音をたてました。何か中に入っているようです。
蛙は風船のひとつを取ると中を割ってみました。
するとどうでしょう。中からハートの模様が入った珠が出てきたではありませんか。それは蛙が大事にしていた宝物でした。それも3つも。
そう、蛙の宝物は花の種だったのです。
蛙はその実を集めると他の動物たちにあげました。蛙からの贈り物にみんはとても喜びました。(824文字)
フウセンカズラの話。たまには童話っぽいのを書いてみる
松ぼっくりや栗の実、鮮やかな色の葉――その中でも蛙の宝物はひときわ輝いていました。
小さな箱の中にハートの模様が入った珠がひとつ入っています。その可愛らしさに他の動物たちは目を奪われました。
どこで拾ってきたの、と鳥が聞くと蛙は空から落ちてきたと言いました。
きっとこれは神さまからの贈り物だよ、と言う兎に蛙も頷きます。これは大切な宝物。大切すぎて触るのも恐れ多いんだと言いました。
蛙は宝物の入っている箱の蓋を閉めました。そして誰にも開けられないよう鍵をかけます。物重しい蛙に他の動物たちもほう、とため息をつきました。
やがて寒い冬がやってきます。蛙は冬の間土の中で寝て過ごします。蛙は土の中へ潜ると鍵のかかった箱を抱えて長い眠りにつきました。
雪が溶け、春が来ます。冬眠から覚めた蛙は宝箱に異変が起きていることに気づきました。鍵穴から小さな芽が出ていたのです。
どうしよう、宝物は大丈夫なのかしら?
蛙は気が気ではありません。すぐに鍵を解いて確かめたかったのですが、芽が鍵穴を塞いでしまっている以上、どうしようもありません。
箱を壊すことも考えましたが宝物も一緒に壊れてしまうのではないかと思い、できませんでした。
芽はやがて双葉となりました。蔓を伸ばし葉を増やします。夏が来るころには蕾をつけ、小さな白い花を沢山咲かせました。
花が落ちると、そこから緑色の風船が現れます。風船は風に揺れるとからからと音をたてました。何か中に入っているようです。
蛙は風船のひとつを取ると中を割ってみました。
するとどうでしょう。中からハートの模様が入った珠が出てきたではありませんか。それは蛙が大事にしていた宝物でした。それも3つも。
そう、蛙の宝物は花の種だったのです。
蛙はその実を集めると他の動物たちにあげました。蛙からの贈り物にみんはとても喜びました。(824文字)
フウセンカズラの話。たまには童話っぽいのを書いてみる
2013
普段は冴えない女子高生の私だが、実は人に言えないバイトをしていた。
悩みを抱える人の話を聞きアドバイスをする、いわゆる人生相談なわけだが、私の場合は特殊だ。
本日も迷える子羊がやってきた。が、目の前に現れた人を見て私は思わず叫びそうになる。何故ならその人物とはさっき教室で別れたばかりだからだ。宿題忘れるなよ、と念も押された。
「え、えっと、本日はどういったご相談で?」
変装しているとはいえ気が気でない私に相手はとつとつと身の上を語ってくれた。
「私は教員をしているんですが、その、副業で占いをしてまして」
「占い、ですか?」
「ええ。先月、顔を出さないことを条件に取材を受けたんですが、ちょっと困ったことになってしまって」
私はふとクラスの噂話を思い出す。確か、テレビに出た占い師が実はこの町に住んでいるとか。それは先生のことだったのか。
先生の話によると、取材を受けてからそっちの仕事に忙殺され本業がままならないらしい。今は寝る間もないのだとか。
確かに、先生は体が細くなったし授業中に貧血で倒れることが多かった。なるほど。蓋を開ければなんてことない。そっちにも表の顔と裏の顔があったからだ。
でも教員の副業は原則として認められない。顔を隠しているとはいえ、先生はメディアに晒されてしまった。このままだと遅かれ早かれ正体がバレるだろう。
「で? 貴方はどうしたいの? 教師を辞めて占い師になる?」
「いいえ。私は占いを廃業します。でもこの力は手に余る。だから」
「私に消してほしいと?」
「はい。ある方が言ってました。貴方は獏の中でも異質だとか」
先生の真剣な眼差しに私は息を飲んだ。
先生の言うとおり、私は獏の血を引いている。獏は悪夢を喰うといわれるけど、突然変異の私はヒトの潜在能力を喰らう。それはヒトの将来や可能性を奪うに等しい。
「わかりました。あなたの望みを叶えましょう」
私は先生に壁の古時計をずっと見るように伝えた。振り子の揺れに集中していた先生の瞼が徐々に降りてくる。日頃の睡眠不足も手伝ってかあっさりと眠りに落ちた。
私は先生に近づき、眠ってることを確認すると自分の眼鏡を外す。
先生の周りからはただならぬオーラが放出されていた。これだけの能力をため込んでいたら、確かに回りは放っておかない。隠そうとしてもそのオーラが人を引き寄せてしまう。
人気というものはそういうもの。でも、先生はそれを望んでいないのだ。
私は先生は触れた。息を吸いオーラを引き寄せる。するすると口の中へ入っていくと心と腹が満たされていく。全てを吸い込むと手をあわせ、頂きましたと感謝の意を告げた。
「時計が鳴ったら今まで起きたことは全て忘れます。貴方はいつものように家に帰ってゆっくり休んでください」
明日また学校で会いましょう。
私は心の中で呟くと部屋をあとにした。(1200文字)
お題知った昨日からこのネタ思いついてぐるぐる。文字数がアレでキリ良すぎて苦笑
悩みを抱える人の話を聞きアドバイスをする、いわゆる人生相談なわけだが、私の場合は特殊だ。
本日も迷える子羊がやってきた。が、目の前に現れた人を見て私は思わず叫びそうになる。何故ならその人物とはさっき教室で別れたばかりだからだ。宿題忘れるなよ、と念も押された。
「え、えっと、本日はどういったご相談で?」
変装しているとはいえ気が気でない私に相手はとつとつと身の上を語ってくれた。
「私は教員をしているんですが、その、副業で占いをしてまして」
「占い、ですか?」
「ええ。先月、顔を出さないことを条件に取材を受けたんですが、ちょっと困ったことになってしまって」
私はふとクラスの噂話を思い出す。確か、テレビに出た占い師が実はこの町に住んでいるとか。それは先生のことだったのか。
先生の話によると、取材を受けてからそっちの仕事に忙殺され本業がままならないらしい。今は寝る間もないのだとか。
確かに、先生は体が細くなったし授業中に貧血で倒れることが多かった。なるほど。蓋を開ければなんてことない。そっちにも表の顔と裏の顔があったからだ。
でも教員の副業は原則として認められない。顔を隠しているとはいえ、先生はメディアに晒されてしまった。このままだと遅かれ早かれ正体がバレるだろう。
「で? 貴方はどうしたいの? 教師を辞めて占い師になる?」
「いいえ。私は占いを廃業します。でもこの力は手に余る。だから」
「私に消してほしいと?」
「はい。ある方が言ってました。貴方は獏の中でも異質だとか」
先生の真剣な眼差しに私は息を飲んだ。
先生の言うとおり、私は獏の血を引いている。獏は悪夢を喰うといわれるけど、突然変異の私はヒトの潜在能力を喰らう。それはヒトの将来や可能性を奪うに等しい。
「わかりました。あなたの望みを叶えましょう」
私は先生に壁の古時計をずっと見るように伝えた。振り子の揺れに集中していた先生の瞼が徐々に降りてくる。日頃の睡眠不足も手伝ってかあっさりと眠りに落ちた。
私は先生に近づき、眠ってることを確認すると自分の眼鏡を外す。
先生の周りからはただならぬオーラが放出されていた。これだけの能力をため込んでいたら、確かに回りは放っておかない。隠そうとしてもそのオーラが人を引き寄せてしまう。
人気というものはそういうもの。でも、先生はそれを望んでいないのだ。
私は先生は触れた。息を吸いオーラを引き寄せる。するすると口の中へ入っていくと心と腹が満たされていく。全てを吸い込むと手をあわせ、頂きましたと感謝の意を告げた。
「時計が鳴ったら今まで起きたことは全て忘れます。貴方はいつものように家に帰ってゆっくり休んでください」
明日また学校で会いましょう。
私は心の中で呟くと部屋をあとにした。(1200文字)
お題知った昨日からこのネタ思いついてぐるぐる。文字数がアレでキリ良すぎて苦笑
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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