もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
店の扉を開けると、虎がうつ伏せで寝ていた。よくある高級品の絨毯じゃない。本物の虎が寝ているのだ。虎が半目を開き私の顔をちらりと見やる。なんだ獏か、とけだるそうな声をあげた。上着をハンガーにかけた私はどうしたの? と虎に声をかける。
「なんか疲れてるみたいだねー。つうか、変身解けてるけど」
そう、いつもだったらきりりとした女社長がおかえりと声をかけてくるはずだった。だが、その女社長は仮の姿を解いて床にへばりついている、毛皮を背負ってるせいか体が熱い。そのうちバターにでもなりそうだ。
それにしても、普段は化けの皮を剥がさない虎がこんな状態でいるのも珍しい。大きな仕事でも入った? と私は聞いてみる。虎は小さく首を横に振った。
「さっき訪れた客が厄介でさぁ。いろいろ要求してきたのよ。まぁ、ウチは夢を見せてあげるのが仕事だからやるけどさぁ、あんなに欲張られちゃこっちの体が持たないっての。もうお腹が空いて動けなーい。死にそぉー。美味しい肉食べたい」
「さっきお昼にステーキ3枚に鳥ももとトンカツ食べたじゃん」
「じゃあ、その腕一本ちょーだい。アンタ、夢吸ってお腹いっぱいなんでしょ? むちむちしてて美味しそう。舐めるだけでいいからちょっとだけ」
「そっちはもっと嫌だ」
私は伸ばしてきた虎の前足をひらりとかわした。一緒に仕事はしているけど、虎は獏である私にとって天敵なのだ。皮一枚とてやるか。
私が頑として拒否を続けると、虎はやだやだと駄々をこね始める。背中を中心に右へ左へとのたうちまわる姿はマタタビに酔った猫に似ている。猫にしちゃでかいけど。というか虎だけど。
虎が転がる度に床が軋む。このままだと床が抜けて下の住人から苦情が来てしまうかもしれない。私はひとつため息をついてわかった、と答える。その声に虎の目がきらりと光った。
「腕一本くれるの?」
「んなことするかっ。出前を取るの。勿論お金はそっち持ちね」
「でも出前取るなら生のお肉にして。肉屋で買ってきてー」
そう言ってトラは前足を懐に突っ込み、ケモノ柄の財布を出した。これがいわゆる虎の子の財布って? なんて心の中で冗談を呟きながら私は財布を受取る。
「『国産』は駄目よ。必ず『和牛』って書いてあるのにして」
「はいはい。それで部位はどちらを御所望で?」
「んーとねぇ、ヒレのかたまりがいいなぁ。なければロースで」
「了解」
私はふかふかの財布をしまうと再び外へと繰り出した。
80フレーズⅠ「61.表の顔と裏の顔」に出てくる獏には虎の上司がいました、という話。実際、虎は獏の天敵ということで「夢を見せる」役割にしてみた。
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自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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