2013
久々に訪れた街は異常なほどの活気を見せていた。
宿屋の主人が言うには、数十年に一度の祭りがあるのだとか。今宵、流星群の天の下で行われる祭りはこの国の中でも一番の賑わいを見せるのだという。
「お客さんも是非、流星群を見に行きなされ。表通りを抜けた先にある丘の上が良く見えるよ」
そう勧められたこともあり、私は宿を出て祭りの様子を伺う事にした。表通りは星をあしらった像や飾りで埋め尽くされ、人々は歌と踊りに明け暮れていた。あまりの陽気さに私の心も浮足立つ。だが、それも小一時間で私の元気も果ててしまった。
人に酔ってしまった私は表通りから道を一本外れ、遠回りをすることにした。そこは「裏通り」と呼ばれる場所で月に数回ある「闇市」以外は誰も近づかない場所だった。家の間にある路地裏は薄暗い。それでも今日は露店がいくつかあって、それなりに人の通りはあった。
私はゆったりとした足取りで通りを歩く。しばらくしてとある露店に目がとまった。そこは服や小物宝石を扱った雑貨屋だった。種類も豊富で通りすがりの人が次々に寄っていく。だがすぐに客が離れてゆく。客が商品を手にとると物陰から少年が鋭い視線を向けるからだ。それは手を出すなと言わんばかりの主張。無言の圧力に客たちがすごみ品を置いて店から離れて行く。それが何度か続くと店主がとうとう痺れを切らし少年をぎろりと睨んだ。おもむろに近づき少年が着ているボロボロの服を掴む。
「お前がいると商売にならないんだよ。とっとと失せろ」
「この指輪は母さんのものだ。返せ!」
「何を言うかと思ったら。馬鹿馬鹿しい。ここにあるのは全て俺の店の商品だ」
「嘘だ! さっき売った服だって母さんのものじゃないか。この泥棒!」
「泥棒とは心外だなぁ。これは道端に落ちていたんだ。ここではな『落ちてた』モノは『拾った』ヤツのものになるんだよ。このクソガキが。テメェも殺されたいか?」
商人は少年を突き飛ばすと、持っていた棒で少年を数回叩いた。少年の体が跳ねる。白昼堂々の暴行に助ける者は誰もいない。人々は目を背け、その場を通り過ぎるだけだ。
ここの治安の悪さは筋金入りで警察も恐れをなして近づこうとはしない。ここは無法地帯で死人が出るのはいつものことだし、死体から盗んだ服や宝石を高い値で売る輩も珍しくない。ここで襲われたら最後、運が悪かったと思うしかない。ここは正直者が馬鹿をみる――そういう場所なのだ。
「どうしても指輪が欲しいというなら金を払うんだな」
そう言って商人は値を少年に突きつけた。それはこの街で働く平民が十年働いても手の届かない金額だ。少年が唇を噛み、悔しさをにじませる。鋭い視線が商人を貫いた。
「何だその目は。まだ殴られたいのか?」
商人が手持ちの棒を振りあげたので。私は思わず二人の間に割って入る。自分の手を商人に差し出した。持っていた杖がしゃなりと音を立てる。棒は少年の頭をかち割る一歩手前で止まった。
「商人よ。その指輪を見せて貰おうか」
私はわざと身につけている服を翻した。しゅるりと心地よい音が響く。布が放つ輝きに商人の目が光った。この布をまとう事が出来るのは金と力を備え持つ者だけだ。私の身なりを見て上客と思ったらしい。商人は手を揉みながらへらへらと笑う。ただ今ここに、と言うと指輪を私に差し出してきた。
私はそれを手にとるとひととおり吟味する。指輪は小ぶりの石がひとつはめられたものだ。金属に多少の傷を見つけたがそうそう目立つものではない、乗せられた石も綺麗な楕円を描いていてひびも欠けもない。
私は自分の指にはめてみた。天にかざすと、静かな海の色に星がひとつ浮かびあがった。それはこの石を丁寧に削って磨きあげたという証拠だ。その輝かしさに私はほう、とため息をつく。
「こんな上物をここで見るとはな」
「そうでしょうそうでしょう。これはめったにお目にかかれないしろものですよ」
「そうだな」
私は商人の話を左から右に流すと、少年の顔を伺った。目がつり上がって、頬が紅潮している。剣を持たせたら、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。私は少年の強い殺意をあえて無視する。商人にこれを頂こうか、と告げた。懐にあった金貨を袋ごと差し出す。その中身を確認した商人は一瞬目を丸くするが、すぐに顔を緩ませ、ありがとうございますと首を縦に揺らした。
売買が成り立ったあとで、私はもう一度少年を見据える。少年の顔はひどく歪んでいた。瞳が潤いで満ちている。今にも泣きだしそうだ。
私は少年に問う。
「おまえの母親の名は? 何という?」
「……ステラ」
少年はしゃくりあげた。絶望に満ちた双瞼が閉じられると、大粒の涙がひとつふたつと地面に落ちてゆく。
「その指輪……僕が生まれるずっと前の星祭りで父さんが母さんの為に買ったんだ。お星さまがお母さんと一緒だねって。母さんの一番の宝物だったんだ」
少年の告白に私はそうか、と呟く。少年が告げた名は、指輪に刻まれている文字と確かに一致した。少年の言葉が全て真実だと確信した私は少年に背中を向け、歩き出す。数歩進んだ所で足を止めた。
「この指輪が欲しいか?」
もう一度だけ振り返り、少年に問う。少年はくしゃくしゃの顔を私に向けていた。闇に閉ざされた眼にひとすじの光が宿る。
「指輪……返してくれるのか?」
「返すとは言っていない。欲しいかと聞いている」
どうなんだ? と聞く私に少年は欲しい、と即答した。期待通りの答えに私の口元が思わずほころぶ。
「では私のもとで働きなさい。身を粉にして私に仕えなさい。その代価としてこの指輪をやろう」
80フレーズⅠ「56.非日常」と同じ世界観で書いてみた。