もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
その日は朝からごたごたしていた。
今日は実家で法事があるというのに。私ときたら、目覚ましのアラームをセットを忘れてしまうなんて。もう最悪としか言いようがない。
私は慌てて服を脱ぎ捨て、下着一枚でクローゼットに向かう。礼服についていたクリーニングの袋をいっきに破った。
目的地からの時間を逆算していくとあと五分でこの家を出なきゃならない。その間に服着替えて化粧して――電車、間に合うかなぁ。ああ、そうだ。向こうについたら花屋に寄らなきゃ。亡くなったおばあちゃん、確かあの花が好きだったわよね。
なーんてあれこれ考えていたら、突然天井に光の輪ができた。私はげ、と言葉を漏らす。
「おー、これからでかけるのかぇ」
私は側にあったクッションをヤツに向かって投げつけた。ヤツがひらりとかわす。私はちっ、と舌打ちした。
「おひょっ、師匠に何をするんじゃ」
「このクソジジィっ! 着替えの最中に現れるなぁ――!」
この間はお風呂に入ってる時に突然現れ、まっ裸のまま異世界に飛ばされた。なんでこんな間の悪い時に来るか。というかわざとだろ、絶対。
私は慌ててブラウスをまとい、スカートを履いた。ホックを閉めながら一体何の用よ、とヤツに問う。
「こっちは忙しいんだから」
「おお、それじゃがな」
ヤツは服の中から何かを取りだす。出てきたのは紅色の小さな石ころだ。
「王がお前に渡してくれと言われてな。先日のドラゴン退治の褒美、だそうだ」
「え?でもあれは私がやったんじゃ――」
「そう、あれはおぬしの手柄ではない。偶然が幾つか重なっただけじゃ。そうさせたのはわしのせいでもある。だが、おぬしはそれだけの働きはしたと王は判断した。だから受け取れ。本来なら向こうに行って王の前で受け取るべきなのだが、一連のことで城の中もゴタついておってのう。それにほれ、おぬしも城には行きたくないだろう?」
ヤツの言葉に私はまぁ、ねぇ、と答える。確かに、私は向こうの世界にあまり行きたくない。理由は簡単。周りからは敵意としか思えない視線を浴びまくっているからだ。
なんでもこのジジィはあっちの国では指折りの魔法使いらしい。その魔法は特殊の上、門外不出で弟子は今まで一人も取らなかったとか。
なのにある日突然異世界から弟子(私)を連れてきたものだから城は大騒ぎよ。最初はどんな奴だ、何故外の世界なんだ、って言われてたけど、そのうちヤツが選んだ人間なら相当優秀な弟子なんでしょうね――と期待し始めたのだ。でも私の実力を見て奴らは絶句した。仕える魔法は五本指で数えられる位しかないし、その威力もおままごと程度。そりゃ周りもがっかりするでしょうね。非難ごうごうよね。そんなの弟子にしてどうするって。
でもね。一言言わせて。私は何も悪くない。だって、ヤツは「習い事だと思えば」って言ったのよ。それって趣味の範囲でってことでしょ? 私だってプロの魔法使いなんか目指してないから。文句を言うならあのジジィに言ってちょうだいよ!
私は心の中で文句をつきつつ、その石を受け取った。本来ならご褒美をもらえるほどのことはしてないんだけど、くれるって言うんだからありがたく貰っておこう。
「これは持ち主の心からの願い事を叶えてくれる石じゃ。一回きりじゃから、願い事は慎重に選べ」
「はーい」
私は空返事をしてからにやり、と笑った。願い事なんて最初から決まってる。
私は願い事を心の中で呟いた。その刹那、手の上にあった赤い石が宙に浮いた。私の頭の上で止まる。石が膨張を始めた。ぴき、ぴき、という音とともにひび割れ、砕ける。石の粒たちはまばゆい光りを放ちながら四方に散って行った。
え、これで終わり?
私はきょろきょろとあたりを見回す。最初に確認したのはのほほんとしてるヤツの姿だった。え? なんで? 私は焦る。すると天井から何かが舞い降りてきた。白い百合の花束だ。え? 何で花なの? 私は「このジジィが私の前から永遠に消えてくれ」って頼んだのに。
「ふぉーっふぉ。それがお前の願いか」
ヤツは楽しそうに笑う。私は花束をヤツに投げ飛ばそうと思ったが、すんでの所でやめた。もともと花屋に寄る予定だったし。花に罪はない。タナボタじゃないけど、これを墓前に飾らせてもらおう。
うん、とひとり頷いたところで私は顔をあげるが――あれ、いない。私はもう一度辺りを見渡す。するとヤツがソファーに寝転がって勝手にテレビを見ていやがるではないか。どうやら今日はここに入り浸る気らしい。追い出したい気持ちはあったが、そんなことをしていたら電車に間に合わない。
仕方ないなぁ。私はため息をついた。
「じゃ、私出かけるから。家の中のもの、勝手にいじらないでよ」
「ふぉーっふぉ、わかったのぇえ」
ヤツはソファーからひらひらと手を振っている。大丈夫かなぁ。私は一抹の不安を抱えつつ、玄関へと向かった。(2025文字)
ということで、魔法使いの話は続くよどこまでも(笑)そろそろ登場人物に名前をつけなきゃと思うのだが、何も浮かばんわ。
今日は実家で法事があるというのに。私ときたら、目覚ましのアラームをセットを忘れてしまうなんて。もう最悪としか言いようがない。
私は慌てて服を脱ぎ捨て、下着一枚でクローゼットに向かう。礼服についていたクリーニングの袋をいっきに破った。
目的地からの時間を逆算していくとあと五分でこの家を出なきゃならない。その間に服着替えて化粧して――電車、間に合うかなぁ。ああ、そうだ。向こうについたら花屋に寄らなきゃ。亡くなったおばあちゃん、確かあの花が好きだったわよね。
なーんてあれこれ考えていたら、突然天井に光の輪ができた。私はげ、と言葉を漏らす。
「おー、これからでかけるのかぇ」
私は側にあったクッションをヤツに向かって投げつけた。ヤツがひらりとかわす。私はちっ、と舌打ちした。
「おひょっ、師匠に何をするんじゃ」
「このクソジジィっ! 着替えの最中に現れるなぁ――!」
この間はお風呂に入ってる時に突然現れ、まっ裸のまま異世界に飛ばされた。なんでこんな間の悪い時に来るか。というかわざとだろ、絶対。
私は慌ててブラウスをまとい、スカートを履いた。ホックを閉めながら一体何の用よ、とヤツに問う。
「こっちは忙しいんだから」
「おお、それじゃがな」
ヤツは服の中から何かを取りだす。出てきたのは紅色の小さな石ころだ。
「王がお前に渡してくれと言われてな。先日のドラゴン退治の褒美、だそうだ」
「え?でもあれは私がやったんじゃ――」
「そう、あれはおぬしの手柄ではない。偶然が幾つか重なっただけじゃ。そうさせたのはわしのせいでもある。だが、おぬしはそれだけの働きはしたと王は判断した。だから受け取れ。本来なら向こうに行って王の前で受け取るべきなのだが、一連のことで城の中もゴタついておってのう。それにほれ、おぬしも城には行きたくないだろう?」
ヤツの言葉に私はまぁ、ねぇ、と答える。確かに、私は向こうの世界にあまり行きたくない。理由は簡単。周りからは敵意としか思えない視線を浴びまくっているからだ。
なんでもこのジジィはあっちの国では指折りの魔法使いらしい。その魔法は特殊の上、門外不出で弟子は今まで一人も取らなかったとか。
なのにある日突然異世界から弟子(私)を連れてきたものだから城は大騒ぎよ。最初はどんな奴だ、何故外の世界なんだ、って言われてたけど、そのうちヤツが選んだ人間なら相当優秀な弟子なんでしょうね――と期待し始めたのだ。でも私の実力を見て奴らは絶句した。仕える魔法は五本指で数えられる位しかないし、その威力もおままごと程度。そりゃ周りもがっかりするでしょうね。非難ごうごうよね。そんなの弟子にしてどうするって。
でもね。一言言わせて。私は何も悪くない。だって、ヤツは「習い事だと思えば」って言ったのよ。それって趣味の範囲でってことでしょ? 私だってプロの魔法使いなんか目指してないから。文句を言うならあのジジィに言ってちょうだいよ!
私は心の中で文句をつきつつ、その石を受け取った。本来ならご褒美をもらえるほどのことはしてないんだけど、くれるって言うんだからありがたく貰っておこう。
「これは持ち主の心からの願い事を叶えてくれる石じゃ。一回きりじゃから、願い事は慎重に選べ」
「はーい」
私は空返事をしてからにやり、と笑った。願い事なんて最初から決まってる。
私は願い事を心の中で呟いた。その刹那、手の上にあった赤い石が宙に浮いた。私の頭の上で止まる。石が膨張を始めた。ぴき、ぴき、という音とともにひび割れ、砕ける。石の粒たちはまばゆい光りを放ちながら四方に散って行った。
え、これで終わり?
私はきょろきょろとあたりを見回す。最初に確認したのはのほほんとしてるヤツの姿だった。え? なんで? 私は焦る。すると天井から何かが舞い降りてきた。白い百合の花束だ。え? 何で花なの? 私は「このジジィが私の前から永遠に消えてくれ」って頼んだのに。
「ふぉーっふぉ。それがお前の願いか」
ヤツは楽しそうに笑う。私は花束をヤツに投げ飛ばそうと思ったが、すんでの所でやめた。もともと花屋に寄る予定だったし。花に罪はない。タナボタじゃないけど、これを墓前に飾らせてもらおう。
うん、とひとり頷いたところで私は顔をあげるが――あれ、いない。私はもう一度辺りを見渡す。するとヤツがソファーに寝転がって勝手にテレビを見ていやがるではないか。どうやら今日はここに入り浸る気らしい。追い出したい気持ちはあったが、そんなことをしていたら電車に間に合わない。
仕方ないなぁ。私はため息をついた。
「じゃ、私出かけるから。家の中のもの、勝手にいじらないでよ」
「ふぉーっふぉ、わかったのぇえ」
ヤツはソファーからひらひらと手を振っている。大丈夫かなぁ。私は一抹の不安を抱えつつ、玄関へと向かった。(2025文字)
ということで、魔法使いの話は続くよどこまでも(笑)そろそろ登場人物に名前をつけなきゃと思うのだが、何も浮かばんわ。
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2013
探していた人物は今まさに図書室の扉に手をかけようとした。
俺は猛ダッシュで廊下を走った。新條、と声をかけ呼び止める。振り返った彼女が怪訝そうに俺を見た。何であんたが? というような顔。その頑なな態度に俺は言葉を躊躇った。が、こんな所で迷っている場合じゃない。自分の夢を叶えるのに見栄など邪魔なだけだ。
「えーと、俺隣りのクラスの鎌田なんだけど……その、頼みがあるんだ」
俺は一つ呼吸をおいてから膝を折る。両手を床につき頭を下げた。
「どうか俺に勉強を教えてください!」
いきなりの土下座に新條は相当面食らったらしい。
「い、一体なんなの?」
「だから俺に勉強を教えてほしいのですが」
俺は顔を上げ、改めて新條に頼む。少ししてから返ってきたのはイエスでもノーでもなく疑問符だった。何で、と問われ俺は答える。
「そりゃ、新條が頭いいから」
「じゃなくて。鎌田のクラスにも頭いい人一杯いるでしょ? 何で私なわけ?」
ごもっともな理由を立てられ、俺は一度言葉に詰まる。えーと、何処から話せばいいんだろう? あれこれ考えあぐねているうちに、俺の視線は新條の胸元にいく。彼女が抱えている水色のノートを見つけ、これ! と叫んだ。
「このノートが良かったから」
「は?」
「ほら、俺ってバカでチャらいキャラでしょ? だから周りにもそんな奴らしか集まらなくてさ」
そういうの、『類は類を呼ぶ?』って言うんだっけ? と俺が言うとすかさず新條がそれは『類は友を呼ぶ』でしょ、と新條に言葉を挟まれた。
「『類は類を呼ぶ』を使うなら『類は類を呼び友は友を呼ぶ』と言うのが正解」
「手厳しいねぇ新條は。まぁいいや。とにかく俺のダチはみんな勉強嫌いなわけでノートもろくに取ってなくて。試験前になると頭のいい奴のノート皆で回したりしてたわけだ。それで、いつだったか新條のノートが回ってきたんだよ。いやぁ、驚いた。単に黒板写してるんじゃなくて、それに至る理由とか、覚えるポイントとか書いてあって。とにかく分かりやすかったんだ。授業受けなくてもそれ見たらバッチリ、みたいな? で、新條のノート写しながら俺、思ったんだよ。もしかしたら新條は人に勉強教えるのが上手いんじゃないかな、って」
「それが、理由?」
「そう」
俺はいつもの調子でにへっと笑う。親しみを込めた笑顔のつもりだったが、新條は口を結んだままだ。俺は更に言葉を重ねる。
「頼む、今日だけでいいんだ。試験に出そうなとこを教えてくれるだけでいいから」
俺は再び彼女を拝んだ。嗚呼神さま仏様新條様、どうか俺の願いを叶えてくれ、今ならそんな言葉さえ出てきそうだ。
ちらりと様子を伺った。新條が何か考え込んでいる。出てくる答えは吉か凶か?
しばらくして新條がわかった、と小さく呟いた。
「一時間だけでいいなら……勉強見るけど」
「マジで? ラッキーっ! ありがとーっ」
俺はジャンプして立ち上がる。新條に向かって両手を広げるが、すぐにしまった、と思った。普段の俺ならここで男女かまわずハグをする。だが、新條にとって俺は正反対の輩、顔見知り以下の存在だ。ここで抱きついたら悲鳴が飛びかねない。
俺は持て余した腕を左右に振り回してそれをごまかした。(1344文字)
「48.沸き起こる感情の、その名前」より。新條のことは何とも思ってなかった頃の話
俺は猛ダッシュで廊下を走った。新條、と声をかけ呼び止める。振り返った彼女が怪訝そうに俺を見た。何であんたが? というような顔。その頑なな態度に俺は言葉を躊躇った。が、こんな所で迷っている場合じゃない。自分の夢を叶えるのに見栄など邪魔なだけだ。
「えーと、俺隣りのクラスの鎌田なんだけど……その、頼みがあるんだ」
俺は一つ呼吸をおいてから膝を折る。両手を床につき頭を下げた。
「どうか俺に勉強を教えてください!」
いきなりの土下座に新條は相当面食らったらしい。
「い、一体なんなの?」
「だから俺に勉強を教えてほしいのですが」
俺は顔を上げ、改めて新條に頼む。少ししてから返ってきたのはイエスでもノーでもなく疑問符だった。何で、と問われ俺は答える。
「そりゃ、新條が頭いいから」
「じゃなくて。鎌田のクラスにも頭いい人一杯いるでしょ? 何で私なわけ?」
ごもっともな理由を立てられ、俺は一度言葉に詰まる。えーと、何処から話せばいいんだろう? あれこれ考えあぐねているうちに、俺の視線は新條の胸元にいく。彼女が抱えている水色のノートを見つけ、これ! と叫んだ。
「このノートが良かったから」
「は?」
「ほら、俺ってバカでチャらいキャラでしょ? だから周りにもそんな奴らしか集まらなくてさ」
そういうの、『類は類を呼ぶ?』って言うんだっけ? と俺が言うとすかさず新條がそれは『類は友を呼ぶ』でしょ、と新條に言葉を挟まれた。
「『類は類を呼ぶ』を使うなら『類は類を呼び友は友を呼ぶ』と言うのが正解」
「手厳しいねぇ新條は。まぁいいや。とにかく俺のダチはみんな勉強嫌いなわけでノートもろくに取ってなくて。試験前になると頭のいい奴のノート皆で回したりしてたわけだ。それで、いつだったか新條のノートが回ってきたんだよ。いやぁ、驚いた。単に黒板写してるんじゃなくて、それに至る理由とか、覚えるポイントとか書いてあって。とにかく分かりやすかったんだ。授業受けなくてもそれ見たらバッチリ、みたいな? で、新條のノート写しながら俺、思ったんだよ。もしかしたら新條は人に勉強教えるのが上手いんじゃないかな、って」
「それが、理由?」
「そう」
俺はいつもの調子でにへっと笑う。親しみを込めた笑顔のつもりだったが、新條は口を結んだままだ。俺は更に言葉を重ねる。
「頼む、今日だけでいいんだ。試験に出そうなとこを教えてくれるだけでいいから」
俺は再び彼女を拝んだ。嗚呼神さま仏様新條様、どうか俺の願いを叶えてくれ、今ならそんな言葉さえ出てきそうだ。
ちらりと様子を伺った。新條が何か考え込んでいる。出てくる答えは吉か凶か?
しばらくして新條がわかった、と小さく呟いた。
「一時間だけでいいなら……勉強見るけど」
「マジで? ラッキーっ! ありがとーっ」
俺はジャンプして立ち上がる。新條に向かって両手を広げるが、すぐにしまった、と思った。普段の俺ならここで男女かまわずハグをする。だが、新條にとって俺は正反対の輩、顔見知り以下の存在だ。ここで抱きついたら悲鳴が飛びかねない。
俺は持て余した腕を左右に振り回してそれをごまかした。(1344文字)
「48.沸き起こる感情の、その名前」より。新條のことは何とも思ってなかった頃の話
2013
喫茶店を出ると、私達の目の前に人が立ちはだかる。あっ、と叫んだ瞬間、隣りにいた文哉がふっとんだ。グーで殴られたのだ。
「ってー、何するんだ!」
文哉は自分を殴り飛ばした相手を睨みつけた。でもその相手は私を睨みつけている。その男を私は良く知っていた。買い物に行く前に電話をしたからだ。
その男――私の彼氏の拳は未だ震えている。もう一発殴られそうな気配を察し、私はやめて、と叫ぶ。そして文哉に言った。
「文哉はもう帰って」
「え?」
「あとで連絡するから。今日はもう帰って」
ただならぬ気配を察したのか、文哉は分かったよ、とだけ言いその場から離れた。周りの人の目もあったので、私は彼氏の腕を引き、文哉とは反対の道を歩き始める。近くの公園に入り、彼氏をベンチに座らせる。
「どういう事?」
私はいつもより声のトーンを落とし問いただす。彼氏は私の質問に鼻で笑う。自分は悪くない、とでも言いたいのだろうか。そんな彼氏にイラっときたが、私はそれを何とか抑え込んだ。
「一体何のつもりよ」
「それはこっちの台詞だ。『今日は叔父さんと買い物』じゃなかったのか?」
「だからさっき見たでしょ」
「叔父さん? あいつが? どう見ても高校生だろ? 一体どこをどうすればそうなるんだ! 嘘つくならもっとましなのをつきやがれ!」
言葉を荒げる彼氏に私はひとつため息をつく。まぁ、私もちゃんと説明すればよかったんだけど、と前置きし言葉を紡ぐ。
「けど、嘘は一切もついてない。文哉は父の弟で、私の叔父さんなんだから」
私のおばあちゃんは学生結婚で、十九の時に父を産み四十四で文哉を産んだ。父と文哉は年こそ離れているが血のつながった兄弟だ。
「なんなら市役所行って戸籍謄本取ってこようか?」
そう冷静な口調で私は切り返すけど、腹の底は怒りで煮え返っていた。確かに私にも非はあった。でもそれを差し引いたとしても文哉を殴ったのは許せない。殴られるならそれは私の方だ。それが筋ってものじゃないの?
やっぱりこの男は駄目だわ、と私は思う。
最初は素直で優しいなと思ったし、周りの応援もあったから付き合ってみたけど、蓋を開けたら何てことはない。ただの束縛男だった。
この男は自分の思うとおりにいかないとすぐ拗ねるし、私のちょっとした悪戯に本気で怒る。真っ直ぐすぎて柔軟性がないのだ。良く言えば不器用で馬鹿正直なのだが、それは私と違うベクトルを進んでいるわけで、私と交差することはない。相手を想い歩み寄ることができないのだ。
「やっぱりあんたとは別れるわ」
彼氏を睨みつけ、私は言った。
「あんたは私が浮気したと思ってる。そうでなくても他の男と一緒にいた私のことが許せないはずよ。だったら付き合う必要ない」
私の三行半に彼氏――いや、もう別れを告げたから元カレか、とにかくそいつの顔が青ざめる。どうやら私の方から謝ってくるものだと思っていたらしい。意外な展開に向こうは焦っていた。
「まどか、まぁ、落ちつけよ。俺は別に怒って――いや、別れるなんていつもの冗談だろ? 何かの悪戯だよな?」
「は?」
「俺もついカッとなって――その、悪気はなかったんだ。まどかもちゃんと説明しておけばよかったって言ったよな。うん。そうだったかもしれない。お互い言葉が足りなかったんだな。きっと。だから今回のことはお互いさまだと思って許して――」
「お互いさま?」
その一言を聞いて、何かがブチ切れた。ふざけんじゃない、と罵倒する。
「勝手に勘違いしたのはそっちでしょ! あんた自分が何したか分かってる? 罪のない人間を殴ったのよ。なのにそれを反故にしろ? それこそ冗談じゃない」
怒り狂った私は携帯を手にすると三桁の番号を押した。
「何、してんだ、?」
「警察に届けるのよ。あんたを傷害罪で訴える」
「ちょ、待て! 止めろ!」
利き腕をつかまれ、動きを封じられる。私が元カレをキッと睨みつけるとすぐに腕は解放された。ごめん、と元カレの口から謝罪の言葉がこぼれ、そこで初めて怒りの波が引いて行く。
私は改めて携帯のボタンを押し、元カレに差し出した。
「ちゃんと文哉に謝って。でなきゃあんたを一生許さない」(1737文字)
昨日の「23.奇妙な関係」に続きまどか視点。彼女にとって文哉は叔父というより弟のような存在なので、烈火のごとく怒ったとさ。それにしても、とばっちりを食らった文哉が不憫でならん。
「ってー、何するんだ!」
文哉は自分を殴り飛ばした相手を睨みつけた。でもその相手は私を睨みつけている。その男を私は良く知っていた。買い物に行く前に電話をしたからだ。
その男――私の彼氏の拳は未だ震えている。もう一発殴られそうな気配を察し、私はやめて、と叫ぶ。そして文哉に言った。
「文哉はもう帰って」
「え?」
「あとで連絡するから。今日はもう帰って」
ただならぬ気配を察したのか、文哉は分かったよ、とだけ言いその場から離れた。周りの人の目もあったので、私は彼氏の腕を引き、文哉とは反対の道を歩き始める。近くの公園に入り、彼氏をベンチに座らせる。
「どういう事?」
私はいつもより声のトーンを落とし問いただす。彼氏は私の質問に鼻で笑う。自分は悪くない、とでも言いたいのだろうか。そんな彼氏にイラっときたが、私はそれを何とか抑え込んだ。
「一体何のつもりよ」
「それはこっちの台詞だ。『今日は叔父さんと買い物』じゃなかったのか?」
「だからさっき見たでしょ」
「叔父さん? あいつが? どう見ても高校生だろ? 一体どこをどうすればそうなるんだ! 嘘つくならもっとましなのをつきやがれ!」
言葉を荒げる彼氏に私はひとつため息をつく。まぁ、私もちゃんと説明すればよかったんだけど、と前置きし言葉を紡ぐ。
「けど、嘘は一切もついてない。文哉は父の弟で、私の叔父さんなんだから」
私のおばあちゃんは学生結婚で、十九の時に父を産み四十四で文哉を産んだ。父と文哉は年こそ離れているが血のつながった兄弟だ。
「なんなら市役所行って戸籍謄本取ってこようか?」
そう冷静な口調で私は切り返すけど、腹の底は怒りで煮え返っていた。確かに私にも非はあった。でもそれを差し引いたとしても文哉を殴ったのは許せない。殴られるならそれは私の方だ。それが筋ってものじゃないの?
やっぱりこの男は駄目だわ、と私は思う。
最初は素直で優しいなと思ったし、周りの応援もあったから付き合ってみたけど、蓋を開けたら何てことはない。ただの束縛男だった。
この男は自分の思うとおりにいかないとすぐ拗ねるし、私のちょっとした悪戯に本気で怒る。真っ直ぐすぎて柔軟性がないのだ。良く言えば不器用で馬鹿正直なのだが、それは私と違うベクトルを進んでいるわけで、私と交差することはない。相手を想い歩み寄ることができないのだ。
「やっぱりあんたとは別れるわ」
彼氏を睨みつけ、私は言った。
「あんたは私が浮気したと思ってる。そうでなくても他の男と一緒にいた私のことが許せないはずよ。だったら付き合う必要ない」
私の三行半に彼氏――いや、もう別れを告げたから元カレか、とにかくそいつの顔が青ざめる。どうやら私の方から謝ってくるものだと思っていたらしい。意外な展開に向こうは焦っていた。
「まどか、まぁ、落ちつけよ。俺は別に怒って――いや、別れるなんていつもの冗談だろ? 何かの悪戯だよな?」
「は?」
「俺もついカッとなって――その、悪気はなかったんだ。まどかもちゃんと説明しておけばよかったって言ったよな。うん。そうだったかもしれない。お互い言葉が足りなかったんだな。きっと。だから今回のことはお互いさまだと思って許して――」
「お互いさま?」
その一言を聞いて、何かがブチ切れた。ふざけんじゃない、と罵倒する。
「勝手に勘違いしたのはそっちでしょ! あんた自分が何したか分かってる? 罪のない人間を殴ったのよ。なのにそれを反故にしろ? それこそ冗談じゃない」
怒り狂った私は携帯を手にすると三桁の番号を押した。
「何、してんだ、?」
「警察に届けるのよ。あんたを傷害罪で訴える」
「ちょ、待て! 止めろ!」
利き腕をつかまれ、動きを封じられる。私が元カレをキッと睨みつけるとすぐに腕は解放された。ごめん、と元カレの口から謝罪の言葉がこぼれ、そこで初めて怒りの波が引いて行く。
私は改めて携帯のボタンを押し、元カレに差し出した。
「ちゃんと文哉に謝って。でなきゃあんたを一生許さない」(1737文字)
昨日の「23.奇妙な関係」に続きまどか視点。彼女にとって文哉は叔父というより弟のような存在なので、烈火のごとく怒ったとさ。それにしても、とばっちりを食らった文哉が不憫でならん。
2013
「ねーえ、これどうかしら?」
試着室のカーテンを開け、まどかが言う。スカイブルーのビキニ姿で悩殺ポーズを決めるまどかに対し、俺はやる気のない答えを落とす。
「別に。それでいいんじゃね?」
「その反応なんかつまんなーい。もっと高校生らしい発言はないの? 乳目立つ! とか萌え~とかさぁ」
そりゃ他の女だったら俺も言うかもしれない。だが、目の前にいるのはまどかだ。身内の水着姿見て萌え~なんて言えるかこの野郎。だいたい、女ものの水着売り場に俺を連れてくるんじゃねぇ。
「とにかく、早く決めろよ。俺もう限界」
不服そうなまどかに俺は踵を返す。逃げ場を探していると、壁際に男物の水着が少しだけ置いてあるのを見つけた。そこでいくつか眺めるフリをする。すると。
「文哉はこっちがいいんじゃない?」
そう言ってまどかが何かを俺に投げつける。キャッチし広げてみると逆三角形の水着が現れた。男物のビキニパンツだ。
「絶対似合うよ。履いてみたら?」
「ふざけるな! だれがこんなのつけるかっ!」
俺は渡された水着をまどかに投げつける。が、その前に試着室のカーテンを閉められてしまった。丸められた水着がだらしなく床に落ちるとすかさず店員がそれを拾った。まずい。
俺は小さな声ですみません、と謝る。本来なら咎められて当然なのに、店員はいいえ、と言うだけだった。それどころか口元を緩ませている。他の客も俺を見てくすくすと笑っている。きっときょうだいのじゃれあいにしか思われてないのだろう。案の定、レジでお金を払っていると店員に声をかけられた。
「弟さんですか? 一緒にお買いものだなんて、仲がいいんですね」
「いいえ、彼は私の叔父なんです。ねっ。おーじーさんっ」
店員はその言葉に一瞬え? って顔になった。まどかに腕を絡められ、俺はげんなりとする。ああ、できるものならその関係を今にでも断ち切りたい。でもこれは逃れようもない事実なのだ。
まどかの父は俺の兄である。その年の差はなんと二十五歳。まどかが生まれた四年後に俺が生まれた。だから俺は生まれながらにしてまどかの叔父なのだ。
ところが、まどかはその奇妙な関係を楽しんでいて、暇になると今日みたいに俺を買い物に誘う。周りに仲の良い姉弟を植え付けて、実はとタネを明かす、その瞬間がたまらなく面白いのだとまどかは言っていた。
「ほんっと、性格悪いよな」
買い物帰りに寄った喫茶店で俺は毒づく。
「いい加減俺とつるむのやめろよー。おまえ女子大生だろ?」
「えー。あたしはつるんでいたいのになぁ」
「俺は嫌なの! それに水着買うなら彼氏といけよ」
「だーって。彼氏と買い物行っても遅いだの早く決めろだのって五月蠅いんだもん。同じ反応でも文哉と一緒の方が十倍楽しい」
おいおい、それは問題発言だぞ。俺、彼氏に睨まれちまうじゃねえか!
「それ、絶対彼氏の前で言うんじゃねえぞ」
俺はまどかに釘を刺し、来たばかりのコーラを飲む。炭酸が頭を刺激した。ふっと向かいを見ればまどかが静かに茶を飲んでいる。黙っていればそこそこの美人なのに、どうしてそんな残念な性格なのやら。言っておくが、兄はそんな遺伝子持ってなかったぞ。
一人っ子のまどかには従兄弟がいない。なので小さい頃の遊び相手はもっぱら俺だった。昔からまどかは俺に絡んでいたが、一時期だけ俺を避けていたことがある。おそらく、まどかの周り「叔父さん」がみんな年上で、色んなものを買ってもらったりしたからだろう。
なんで文哉は私よりも年下なの? なんで私より早く生まれなかったのよ!
いつだったか、そんなことを言われたことがある。まだ小さかった俺は何故そう言われたのか分からなかった。俺がきょとんとした顔でいると、まどかはそれが気に入らなかったのか、僕の頭を叩いたのだ。今でもあれは理不尽だと俺は思っている。
「ねー、『向こう』行ったら何して遊ぶ?」
まどかに話しかけられ、俺は回想を止めた。「向こう」というのは父の実家のことだ。その家は海沿いの小さな田舎町にあり、俺は夏休みの度に遊びに行っていた。昔は海で泳いだり虫取りをして楽しんでいたけれど、成長するにつれて、そんな遊びもつまらなくなり、行ってもただ退屈な場所になってしまった。だから最近は受験や部活を理由に行くのを拒んでいた。でも今年は祖父の七回忌があるので行かなければならない。曾孫のまどかも同じだ。
俺は七年ぶりに訪れる祖父母の家を思い浮かべた。昔からある日本家屋に広い庭。畑にはたくさんの野菜が植えられていた。そして裏の林を抜けた先に小さな離れがあった。そこは亡くなった祖父が書斎として使っていた場所だ。俺にとってあの場所は思い出深い「いわくつき」の場所だった。あの離れは今も残っているのだろうか。
俺はストローでグラスの中をかき回した。氷についた小さな粒はひとつふたつと上昇し、はじけて消えていく。俺の忌まわしい記憶を消すように。その間もまどかが何か言っていた気がするが、全く耳に入らなかった。(2077文字)
奇妙な関係、ということで叔父より年上の姪。去年の「夏祭り」企画で出そうとして没入りしたやつである。人物像を確かめようとネタファイル探したけどプロットすら見つからない。一体どこへいったんだーっ
試着室のカーテンを開け、まどかが言う。スカイブルーのビキニ姿で悩殺ポーズを決めるまどかに対し、俺はやる気のない答えを落とす。
「別に。それでいいんじゃね?」
「その反応なんかつまんなーい。もっと高校生らしい発言はないの? 乳目立つ! とか萌え~とかさぁ」
そりゃ他の女だったら俺も言うかもしれない。だが、目の前にいるのはまどかだ。身内の水着姿見て萌え~なんて言えるかこの野郎。だいたい、女ものの水着売り場に俺を連れてくるんじゃねぇ。
「とにかく、早く決めろよ。俺もう限界」
不服そうなまどかに俺は踵を返す。逃げ場を探していると、壁際に男物の水着が少しだけ置いてあるのを見つけた。そこでいくつか眺めるフリをする。すると。
「文哉はこっちがいいんじゃない?」
そう言ってまどかが何かを俺に投げつける。キャッチし広げてみると逆三角形の水着が現れた。男物のビキニパンツだ。
「絶対似合うよ。履いてみたら?」
「ふざけるな! だれがこんなのつけるかっ!」
俺は渡された水着をまどかに投げつける。が、その前に試着室のカーテンを閉められてしまった。丸められた水着がだらしなく床に落ちるとすかさず店員がそれを拾った。まずい。
俺は小さな声ですみません、と謝る。本来なら咎められて当然なのに、店員はいいえ、と言うだけだった。それどころか口元を緩ませている。他の客も俺を見てくすくすと笑っている。きっときょうだいのじゃれあいにしか思われてないのだろう。案の定、レジでお金を払っていると店員に声をかけられた。
「弟さんですか? 一緒にお買いものだなんて、仲がいいんですね」
「いいえ、彼は私の叔父なんです。ねっ。おーじーさんっ」
店員はその言葉に一瞬え? って顔になった。まどかに腕を絡められ、俺はげんなりとする。ああ、できるものならその関係を今にでも断ち切りたい。でもこれは逃れようもない事実なのだ。
まどかの父は俺の兄である。その年の差はなんと二十五歳。まどかが生まれた四年後に俺が生まれた。だから俺は生まれながらにしてまどかの叔父なのだ。
ところが、まどかはその奇妙な関係を楽しんでいて、暇になると今日みたいに俺を買い物に誘う。周りに仲の良い姉弟を植え付けて、実はとタネを明かす、その瞬間がたまらなく面白いのだとまどかは言っていた。
「ほんっと、性格悪いよな」
買い物帰りに寄った喫茶店で俺は毒づく。
「いい加減俺とつるむのやめろよー。おまえ女子大生だろ?」
「えー。あたしはつるんでいたいのになぁ」
「俺は嫌なの! それに水着買うなら彼氏といけよ」
「だーって。彼氏と買い物行っても遅いだの早く決めろだのって五月蠅いんだもん。同じ反応でも文哉と一緒の方が十倍楽しい」
おいおい、それは問題発言だぞ。俺、彼氏に睨まれちまうじゃねえか!
「それ、絶対彼氏の前で言うんじゃねえぞ」
俺はまどかに釘を刺し、来たばかりのコーラを飲む。炭酸が頭を刺激した。ふっと向かいを見ればまどかが静かに茶を飲んでいる。黙っていればそこそこの美人なのに、どうしてそんな残念な性格なのやら。言っておくが、兄はそんな遺伝子持ってなかったぞ。
一人っ子のまどかには従兄弟がいない。なので小さい頃の遊び相手はもっぱら俺だった。昔からまどかは俺に絡んでいたが、一時期だけ俺を避けていたことがある。おそらく、まどかの周り「叔父さん」がみんな年上で、色んなものを買ってもらったりしたからだろう。
なんで文哉は私よりも年下なの? なんで私より早く生まれなかったのよ!
いつだったか、そんなことを言われたことがある。まだ小さかった俺は何故そう言われたのか分からなかった。俺がきょとんとした顔でいると、まどかはそれが気に入らなかったのか、僕の頭を叩いたのだ。今でもあれは理不尽だと俺は思っている。
「ねー、『向こう』行ったら何して遊ぶ?」
まどかに話しかけられ、俺は回想を止めた。「向こう」というのは父の実家のことだ。その家は海沿いの小さな田舎町にあり、俺は夏休みの度に遊びに行っていた。昔は海で泳いだり虫取りをして楽しんでいたけれど、成長するにつれて、そんな遊びもつまらなくなり、行ってもただ退屈な場所になってしまった。だから最近は受験や部活を理由に行くのを拒んでいた。でも今年は祖父の七回忌があるので行かなければならない。曾孫のまどかも同じだ。
俺は七年ぶりに訪れる祖父母の家を思い浮かべた。昔からある日本家屋に広い庭。畑にはたくさんの野菜が植えられていた。そして裏の林を抜けた先に小さな離れがあった。そこは亡くなった祖父が書斎として使っていた場所だ。俺にとってあの場所は思い出深い「いわくつき」の場所だった。あの離れは今も残っているのだろうか。
俺はストローでグラスの中をかき回した。氷についた小さな粒はひとつふたつと上昇し、はじけて消えていく。俺の忌まわしい記憶を消すように。その間もまどかが何か言っていた気がするが、全く耳に入らなかった。(2077文字)
奇妙な関係、ということで叔父より年上の姪。去年の「夏祭り」企画で出そうとして没入りしたやつである。人物像を確かめようとネタファイル探したけどプロットすら見つからない。一体どこへいったんだーっ
2013
私と佳奈は大学時代からの付き合いだ。佳奈が私の仕事場の近くで働き始めてからは一緒にランチをするようになっていた。会話の肴は専ら佳奈の彼氏の愚痴だ。時間にルーズだとか、最近は全然お洒落じゃないとか。私は佳奈の連続口撃を適当な相づちでかわすのが定番となっていた。
「もうさ、付き合って十年以上たつとお互い空気なんだよね。いてもいなくてもどっちでもいいっていうか」
「んじゃ別れちゃえば? そんな男つまびいちゃえ」
「そうよね。今日こそ言ってやるわ。こんな関係もう終わらせてやる、って」
その時、佳奈の携帯が鳴った。どうやら仕事の呼び出しを受けたらしい。
「んじゃ別れたら連絡するわー」
意気揚々と店を出ていく佳奈に私は頑張れぇとエールを送る。しばらくしてあの、と後ろで聞き覚えのある声がした。振り返ると、後ろの席に社の後輩がいた。どうやら彼女もここでランチしていたらしい。
「二人のお話が聞こえちゃったんですけど……それでいいんでしょうか?」
「何が?」
「そんな簡単に別れろ、なんて言っちゃって――本当に別れちゃったらどうするんですか?」
「ああ、それだけは絶対にないから」
私ははっきりと断言した。佳奈はいつだってそう。もう限界だあんな男とはもう別れてやる―と言っときながら、明日になるとけろっとした顔でそんなこと言ったっけ? と言う。佳奈は相手の文句を言うだけ言ってすぱっと忘れる性質なのだ。
まぁ友達になった最初の頃は毎度の別れます宣言に私もオロオロしてたわけだけど。それが長く続くといい加減慣れてくる。そのうち私も誰か紹介しようか、なんて冗談も言えるようになっていた。
私は後輩に大丈夫だからとなだめすかし、仕事場に戻る。幾つかの打ち合わせを終え、報告書を作成していると佳奈から電話が来た。
「菜摘の言うとおり、恋人関係終わらせたから」
突然の宣言に私はどきりとする。一瞬後輩の言葉が頭をよぎった。
「え…………っと? それって?」
「彼氏もこんな関係うんざりしてたんだって。だからすっぱり終了!」
うわ、それって私の言葉が原因ですか? 後押ししちゃったんですか? 私の額に嫌な汗が出てくる。まさか、こんな展開思ってもみなかった。
「それでね、菜摘、これからのことなんだけど……」
「うん」私はごくりと唾をのむ。
「実はね」
「うん」
「今度から私達夫婦になりまーっす」
「はぁぁあ?」
「もう婚姻届にサインはしたんだ。明日の朝イチで市役所に届けてくるから~用件はそれだけ。じゃあ、まったねー」
電話が切れてからしばらくの間、私は呆然としていた。そりゃ付き合い長いわけだし、そんな話が出てもおかしくないって思ってたけど。あまりにも展開早すぎないか? つうか私、おめでとうの一言を言い忘れたじゃないか!
「……ま、いっか」
私は小さく肩をすくめる。携帯をしまうと、コピー機の前にいた後輩に声をかけた。(1212文字)
「もうさ、付き合って十年以上たつとお互い空気なんだよね。いてもいなくてもどっちでもいいっていうか」
「んじゃ別れちゃえば? そんな男つまびいちゃえ」
「そうよね。今日こそ言ってやるわ。こんな関係もう終わらせてやる、って」
その時、佳奈の携帯が鳴った。どうやら仕事の呼び出しを受けたらしい。
「んじゃ別れたら連絡するわー」
意気揚々と店を出ていく佳奈に私は頑張れぇとエールを送る。しばらくしてあの、と後ろで聞き覚えのある声がした。振り返ると、後ろの席に社の後輩がいた。どうやら彼女もここでランチしていたらしい。
「二人のお話が聞こえちゃったんですけど……それでいいんでしょうか?」
「何が?」
「そんな簡単に別れろ、なんて言っちゃって――本当に別れちゃったらどうするんですか?」
「ああ、それだけは絶対にないから」
私ははっきりと断言した。佳奈はいつだってそう。もう限界だあんな男とはもう別れてやる―と言っときながら、明日になるとけろっとした顔でそんなこと言ったっけ? と言う。佳奈は相手の文句を言うだけ言ってすぱっと忘れる性質なのだ。
まぁ友達になった最初の頃は毎度の別れます宣言に私もオロオロしてたわけだけど。それが長く続くといい加減慣れてくる。そのうち私も誰か紹介しようか、なんて冗談も言えるようになっていた。
私は後輩に大丈夫だからとなだめすかし、仕事場に戻る。幾つかの打ち合わせを終え、報告書を作成していると佳奈から電話が来た。
「菜摘の言うとおり、恋人関係終わらせたから」
突然の宣言に私はどきりとする。一瞬後輩の言葉が頭をよぎった。
「え…………っと? それって?」
「彼氏もこんな関係うんざりしてたんだって。だからすっぱり終了!」
うわ、それって私の言葉が原因ですか? 後押ししちゃったんですか? 私の額に嫌な汗が出てくる。まさか、こんな展開思ってもみなかった。
「それでね、菜摘、これからのことなんだけど……」
「うん」私はごくりと唾をのむ。
「実はね」
「うん」
「今度から私達夫婦になりまーっす」
「はぁぁあ?」
「もう婚姻届にサインはしたんだ。明日の朝イチで市役所に届けてくるから~用件はそれだけ。じゃあ、まったねー」
電話が切れてからしばらくの間、私は呆然としていた。そりゃ付き合い長いわけだし、そんな話が出てもおかしくないって思ってたけど。あまりにも展開早すぎないか? つうか私、おめでとうの一言を言い忘れたじゃないか!
「……ま、いっか」
私は小さく肩をすくめる。携帯をしまうと、コピー機の前にいた後輩に声をかけた。(1212文字)
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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