もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
部室に一番乗りで入ると、黒板にこんなのが書かれていた。
以下 西に角 土地 地図にない
私は地図にない場所にいる。
ヒントは庵にすればいい。 by部長
某テレビ番組の影響か、部長は自作の暗号を作っては部員達に解かせようとする。本日のお題はこれらしい。暗号を一番に解いた者には部長からケーキのご褒美がある。それは部長の手作りで味は絶品。だから、皆必死に暗号を解いている。
私が口元に手を当てて考えていると庵がやってきた。黒板を見るなり、はぁ? とすっとんきょうな声を上げる。
「ヒントは庵にって、俺なにも聞いてないんだけどー」
「本当に?」
「ホントホント。なんならこの等身大フィギュアかけてもいい」
そう言って庵から命よりも大切だと言う魔法少女ナナちゃんを差し出されたものだから私はふむ、と唸る。どうやら庵の言っていることは本当らしい。
改めて黒板を見る。何度読み返しても違和感を覚える所がひとつあった。ヒントは~の部分だ。普通は「庵に聞けばいい」なのに「庵にすればいい」と書かれている。
何故「すればいい」なのか――
「そっか。『いをり』で『ちずに ない』なんだ」
私のつぶやきに庵が首をかしげた。言っている意味が分からないらしい。
私は黒板前に立つと文章の下に平仮名でルビをふった。
「つまり、この文章の『い』を『り』にして『ち』と『ず』と『に』は省いて、残った文字を繋げるってわけ。そうすると――」
「なるほど、そういうことか!」
私が全ての変換を終える前に庵が叫んだ。真っ先に部室を飛び出す。おいこら待て! 先に解いたのは私だぞ。
私は全速力で庵を追いかけた。(711文字)
お題をどう消化しようか悩んで最後に暗号に走ったという……話そのものより暗号作る方が大変でへこたれたorz 答えは折りたたんでおきました
以下 西に角 土地 地図にない
私は地図にない場所にいる。
ヒントは庵にすればいい。 by部長
某テレビ番組の影響か、部長は自作の暗号を作っては部員達に解かせようとする。本日のお題はこれらしい。暗号を一番に解いた者には部長からケーキのご褒美がある。それは部長の手作りで味は絶品。だから、皆必死に暗号を解いている。
私が口元に手を当てて考えていると庵がやってきた。黒板を見るなり、はぁ? とすっとんきょうな声を上げる。
「ヒントは庵にって、俺なにも聞いてないんだけどー」
「本当に?」
「ホントホント。なんならこの等身大フィギュアかけてもいい」
そう言って庵から命よりも大切だと言う魔法少女ナナちゃんを差し出されたものだから私はふむ、と唸る。どうやら庵の言っていることは本当らしい。
改めて黒板を見る。何度読み返しても違和感を覚える所がひとつあった。ヒントは~の部分だ。普通は「庵に聞けばいい」なのに「庵にすればいい」と書かれている。
何故「すればいい」なのか――
「そっか。『いをり』で『ちずに ない』なんだ」
私のつぶやきに庵が首をかしげた。言っている意味が分からないらしい。
私は黒板前に立つと文章の下に平仮名でルビをふった。
「つまり、この文章の『い』を『り』にして『ち』と『ず』と『に』は省いて、残った文字を繋げるってわけ。そうすると――」
「なるほど、そういうことか!」
私が全ての変換を終える前に庵が叫んだ。真っ先に部室を飛び出す。おいこら待て! 先に解いたのは私だぞ。
私は全速力で庵を追いかけた。(711文字)
お題をどう消化しようか悩んで最後に暗号に走ったという……話そのものより暗号作る方が大変でへこたれたorz 答えは折りたたんでおきました
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2013
ひととおりの店を回ったあと、私達は近くの木陰で休息を取った。先ほど買った果物をナイフで割ると、比較的きれいな方を彼女に差し出す。
「夕方になると闇市が開かれる。値段は張るがそこで必要なものを調達しよう」
「分かりました」
「どうだい? 庶民の生活は」
「私が思う以上に大変でした。皆さんは毎日身を粉にして働いているんですね」
彼女は自分の両手をじっと見つめる。白く美しかった彼女の手も今はあかぎれが目立つ。顔は浅黒く泥をかぶっていた。もう何日も風呂に入っていない。おそらく、目の前にいる少女がこの国の王女だと気づく者はいないだろう。
もともと私は畑で採れた作物を城に献上する農民だ。彼女に声をかけられるなど恐れ多い。彼女の目にとまったのは気まぐれとしか言いようがない。
庶民の暮らしを知りたい――彼女に言われた時、最初は冗談かと思ったが、数日後本当にやってきたから驚いた。しかも彼女は手ぶら。困った私は着替えにと亡くなった妻の結婚衣装を用意すると、いきなり怒鳴られた。
「私を馬鹿にしてるのですか! 私は庶民の生活を学びに来たんです。貴方達と同じ格好でなければ意味がないでしょう!」
そして彼女からは敬語もやめるようにと付け加えられた。彼女の破天荒ぶりに私は最初、困惑を隠せなかった。
私の生活は夜明けとともに始まる。
起きてすぐ、外にある井戸の水を汲む。それから竈に火を起こし飯を作る。洗濯と簡単な掃除が終わったら、家畜を解放し畑を耕す。日が沈む前に家畜を小屋に戻し、夕食の準備。その後壊れた道具や服を繕ってようやく眠る――それをひたすら繰り返す毎日だ。
私から与えられる仕事に彼女は文句ひとつ言わなかった。私の日常は彼女にとって非日常であり、未知との遭遇でもあっただろう。彼女自身、最初は興味本位で楽しんでいたかもしれない。それでも理不尽に思ったことはあるはずだ。
例えば買い物。表通りにある店は主人が相手の身なりを見て品物を売るか決める。案の定、みすぼらしい服装の私と彼女を店主は門前払いにした。
いくつか店を回ったが、反応はどこも同じだった。結局表通りで買えたのは腐った果物ひとつだけだった。
彼女が城を降りてひと月が経とうとしている。朝夕働きづめの上、ろくなものを食べず――頬もこけてきた。今の彼女を城の者が見たら心底心配するだろう。
「城に戻りますか?」
私は助け船を出す。だが彼女はいいえ、と即答した。熟れた果実を見つめながら城にはまだ戻りません、と言う。
どことなく不機嫌そうな彼女に私は首をかしげた。果物をかじる。腐った所を含んだせいか、甘みとも苦みとも言えぬ不味さが舌に広がった。それと同時に気づく。彼女は腐った部分も平等に分けて欲しかったということを。
「あなたは怖いもの知らずだな。なんでも同じでないと気が済まない」
「どうして? 貴方達と同じにしないと意味ないじゃない」
「そうですね。でも、知らない方が幸せであることもあるんですよ」
「え?」
「例えば闇市では不法な商売がある。高利貸しに人買い――人殺しは日常茶飯事。目をそむけたくなる様なことが当たり前に行われる。貴方はそれに耐えられるかい?」
私はあえて厳しい言葉を突きつけた。彼女の中に一瞬の迷いが宿る。一度うつむき、顔をあげた。覚悟をもってはい、と答える。
「私はこの国の全てを知らなければなりません。いいところも、悪い所も。全て知って、どうすれば民が幸せになるのかを考え、動かなければならない。
それがこの国を治める者の務めだと、私は思います」
彼女の言葉に私はほう、と唸る。年はまだ十六、七だと聞いていた。彼女の言葉に青臭さはあるが、根性はなかなかのものである。この言葉、門前払いした奴らに是非聞かせてやりたい。
私は果物の種を吐くと立ち上がった。麻の袋を背負う。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
彼女は立ち上がった。全てを受け入れるために歩きだす。
数十年後の未来はそう悪いものではなさそうだ――私は彼女の横で微笑んだ。(1681文字)
王女様、庶民になる。な話。主人公は農民だけど元英雄という設定。でなきゃ城の者も納得しないだろうという……
「夕方になると闇市が開かれる。値段は張るがそこで必要なものを調達しよう」
「分かりました」
「どうだい? 庶民の生活は」
「私が思う以上に大変でした。皆さんは毎日身を粉にして働いているんですね」
彼女は自分の両手をじっと見つめる。白く美しかった彼女の手も今はあかぎれが目立つ。顔は浅黒く泥をかぶっていた。もう何日も風呂に入っていない。おそらく、目の前にいる少女がこの国の王女だと気づく者はいないだろう。
もともと私は畑で採れた作物を城に献上する農民だ。彼女に声をかけられるなど恐れ多い。彼女の目にとまったのは気まぐれとしか言いようがない。
庶民の暮らしを知りたい――彼女に言われた時、最初は冗談かと思ったが、数日後本当にやってきたから驚いた。しかも彼女は手ぶら。困った私は着替えにと亡くなった妻の結婚衣装を用意すると、いきなり怒鳴られた。
「私を馬鹿にしてるのですか! 私は庶民の生活を学びに来たんです。貴方達と同じ格好でなければ意味がないでしょう!」
そして彼女からは敬語もやめるようにと付け加えられた。彼女の破天荒ぶりに私は最初、困惑を隠せなかった。
私の生活は夜明けとともに始まる。
起きてすぐ、外にある井戸の水を汲む。それから竈に火を起こし飯を作る。洗濯と簡単な掃除が終わったら、家畜を解放し畑を耕す。日が沈む前に家畜を小屋に戻し、夕食の準備。その後壊れた道具や服を繕ってようやく眠る――それをひたすら繰り返す毎日だ。
私から与えられる仕事に彼女は文句ひとつ言わなかった。私の日常は彼女にとって非日常であり、未知との遭遇でもあっただろう。彼女自身、最初は興味本位で楽しんでいたかもしれない。それでも理不尽に思ったことはあるはずだ。
例えば買い物。表通りにある店は主人が相手の身なりを見て品物を売るか決める。案の定、みすぼらしい服装の私と彼女を店主は門前払いにした。
いくつか店を回ったが、反応はどこも同じだった。結局表通りで買えたのは腐った果物ひとつだけだった。
彼女が城を降りてひと月が経とうとしている。朝夕働きづめの上、ろくなものを食べず――頬もこけてきた。今の彼女を城の者が見たら心底心配するだろう。
「城に戻りますか?」
私は助け船を出す。だが彼女はいいえ、と即答した。熟れた果実を見つめながら城にはまだ戻りません、と言う。
どことなく不機嫌そうな彼女に私は首をかしげた。果物をかじる。腐った所を含んだせいか、甘みとも苦みとも言えぬ不味さが舌に広がった。それと同時に気づく。彼女は腐った部分も平等に分けて欲しかったということを。
「あなたは怖いもの知らずだな。なんでも同じでないと気が済まない」
「どうして? 貴方達と同じにしないと意味ないじゃない」
「そうですね。でも、知らない方が幸せであることもあるんですよ」
「え?」
「例えば闇市では不法な商売がある。高利貸しに人買い――人殺しは日常茶飯事。目をそむけたくなる様なことが当たり前に行われる。貴方はそれに耐えられるかい?」
私はあえて厳しい言葉を突きつけた。彼女の中に一瞬の迷いが宿る。一度うつむき、顔をあげた。覚悟をもってはい、と答える。
「私はこの国の全てを知らなければなりません。いいところも、悪い所も。全て知って、どうすれば民が幸せになるのかを考え、動かなければならない。
それがこの国を治める者の務めだと、私は思います」
彼女の言葉に私はほう、と唸る。年はまだ十六、七だと聞いていた。彼女の言葉に青臭さはあるが、根性はなかなかのものである。この言葉、門前払いした奴らに是非聞かせてやりたい。
私は果物の種を吐くと立ち上がった。麻の袋を背負う。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
彼女は立ち上がった。全てを受け入れるために歩きだす。
数十年後の未来はそう悪いものではなさそうだ――私は彼女の横で微笑んだ。(1681文字)
王女様、庶民になる。な話。主人公は農民だけど元英雄という設定。でなきゃ城の者も納得しないだろうという……
2013
私が事務室に入ると、社長がカップラーメンをすすっていた。
「社長、今日『も』ラーメンですか?」
「今日は限定のとんこつ味にしてみた」
「というか、昨日の昼も夜もラーメンだったじゃないですか。栄養偏りません?」
「いや。ラーメンばかり食べているわけじゃない。野菜もちゃんと取っているぞ。昨日の昼は八宝菜も食べたし、夜はタンメンだ。今朝は青椒肉絲を作ってきたぞ。
知っているか? ピーマンは繊維を断つように切ってチンしてから炒めると苦みが消えるんだ。君も一度試してみるがいい」
「はいはい」
私は適当に相づちを打ってから自分の席についた。パソコンを起動し本社からのデーターが届いていることを確認する。それを指定された書式に打ち込むのが私の仕事。
私は気分を上げるため、音楽を聞くことにした。鍵付きの引き出しにあったCDを出そうとして――あれ? とつぶやく。
「社長。引き出しにあったCD知りません?」
「さぁ?」
「おかしいなぁ……」
私は首をかしげる。確かに鍵かけて入れたはずなのに。
「そういえば、早番の社員が来た時、この部屋の鍵がかかってなかったって言ってたなぁ。でも金庫も荒らされてないし、単純に俺が昨日かけ忘れたのかなぁ、と思ってたんだけど」
「やだ。防犯カメラちゃんと確認してくださいよ! 泥棒だったらどうするんですか」
私は引き出しの中をまんべんなく調べ、なくなった物がないか調べた。念のため、金庫の中も確認する。見る限りなくなったのは私のCDだけ、のようだ。私の中で泥棒に対する怒りがふつふつと湧いてくる。
一方、社長はラーメン片手にモニターを見ていた。
録画した防犯カメラの映像を昨日退社した時間に戻す。そこから二倍速で送ると三分後に変化が起きた。四分割画面の左下、事務室前の廊下で怪しげな覆面男が扉の前で何かしている。錠前破りだ。
「ほーらー、やっぱり泥棒じゃないですか! 警察呼んでください!」
「別に呼んでもいいけどさ。CDって、もしかして『持出厳禁』って大きなラベル貼ってあったやつ?」
「そうです」
「だったら警察呼ばなくてもいいんじゃない?」
「そんな!」
「だって、あんなの盗んでも得にならないし。あれ君の趣味でしょ? ヘビロテして飽きたりしない?」
「社長のラーメンと一緒にしないで下さい! 私にとっては重要なんです。あれ聞かないと調子でないんです!」
あれはもう廃番なのに。中古屋でようやく見つけたレアものなのに。
私はラベルの裏に隠されたイケメンたちの抱擁を思い出す。濃厚な体の触れ合いが収録されたそれは、私達腐女子の中でも人気の高い作品だった。
「あんまり変わらないと思うんだけどねぇ」
そう言って社長がとんこつスープをすする。頭にきた私は社長の足を思いっきり蹴り飛ばした。(1170文字)
同じころ、某所では泥棒が憤死してましたとさ。CDを売り飛ばすまで頭が回ったかどうかは、誰も知らず。
「社長、今日『も』ラーメンですか?」
「今日は限定のとんこつ味にしてみた」
「というか、昨日の昼も夜もラーメンだったじゃないですか。栄養偏りません?」
「いや。ラーメンばかり食べているわけじゃない。野菜もちゃんと取っているぞ。昨日の昼は八宝菜も食べたし、夜はタンメンだ。今朝は青椒肉絲を作ってきたぞ。
知っているか? ピーマンは繊維を断つように切ってチンしてから炒めると苦みが消えるんだ。君も一度試してみるがいい」
「はいはい」
私は適当に相づちを打ってから自分の席についた。パソコンを起動し本社からのデーターが届いていることを確認する。それを指定された書式に打ち込むのが私の仕事。
私は気分を上げるため、音楽を聞くことにした。鍵付きの引き出しにあったCDを出そうとして――あれ? とつぶやく。
「社長。引き出しにあったCD知りません?」
「さぁ?」
「おかしいなぁ……」
私は首をかしげる。確かに鍵かけて入れたはずなのに。
「そういえば、早番の社員が来た時、この部屋の鍵がかかってなかったって言ってたなぁ。でも金庫も荒らされてないし、単純に俺が昨日かけ忘れたのかなぁ、と思ってたんだけど」
「やだ。防犯カメラちゃんと確認してくださいよ! 泥棒だったらどうするんですか」
私は引き出しの中をまんべんなく調べ、なくなった物がないか調べた。念のため、金庫の中も確認する。見る限りなくなったのは私のCDだけ、のようだ。私の中で泥棒に対する怒りがふつふつと湧いてくる。
一方、社長はラーメン片手にモニターを見ていた。
録画した防犯カメラの映像を昨日退社した時間に戻す。そこから二倍速で送ると三分後に変化が起きた。四分割画面の左下、事務室前の廊下で怪しげな覆面男が扉の前で何かしている。錠前破りだ。
「ほーらー、やっぱり泥棒じゃないですか! 警察呼んでください!」
「別に呼んでもいいけどさ。CDって、もしかして『持出厳禁』って大きなラベル貼ってあったやつ?」
「そうです」
「だったら警察呼ばなくてもいいんじゃない?」
「そんな!」
「だって、あんなの盗んでも得にならないし。あれ君の趣味でしょ? ヘビロテして飽きたりしない?」
「社長のラーメンと一緒にしないで下さい! 私にとっては重要なんです。あれ聞かないと調子でないんです!」
あれはもう廃番なのに。中古屋でようやく見つけたレアものなのに。
私はラベルの裏に隠されたイケメンたちの抱擁を思い出す。濃厚な体の触れ合いが収録されたそれは、私達腐女子の中でも人気の高い作品だった。
「あんまり変わらないと思うんだけどねぇ」
そう言って社長がとんこつスープをすする。頭にきた私は社長の足を思いっきり蹴り飛ばした。(1170文字)
同じころ、某所では泥棒が憤死してましたとさ。CDを売り飛ばすまで頭が回ったかどうかは、誰も知らず。
2013
夜が明ける前に私は目を覚ました。
最近は時計のアラームがなくてもこの時間になると目が開く。空も薄暗いこの時間、私は体を半回転し隣りにいる子どもの寝顔を眺めた。静かな寝息を聞くと、自然と口元から笑みがこぼれる。布団の海から子供の手をすくい、両手でそっと包み込んだ。小さな体から熱いものが伝わる。
初めて子供と手を繋いだ時、体温の高さに私は驚いた。最初は熱でもあるのかと慌てたけど、子供の平熱は大人のそれよりも高いのだと聞いてほっとした――そんな記憶はまだ新しい。
押し寄せてくる波は温かくて、少しくすぐったくて、でもとても心地よい。空っぽだった心に優しさが満ちていく。きっと、これが幸せというものなんだろう。
このまま、ここに留まれたらいいのに――私は思う。けど私は立ち上がらなければならなかった。愛しき人の夢を守るため、私は現実を背負う。私は行かなければならない。あの喧騒とした森の中へ――
私は簡単に食事を済ませ身支度を整える。すると寝室の扉が開いた。ベッドから起きた子供が私の所へ向かった。足にすりよる。
「もう行っちゃうの?」
無垢な瞳に射ぬかれ、私は困ってしまった。今にも泣きそうな、そんな顔をされたら、せっかくの決心も揺れてしまう。
私は子供の頭をそっとなでた。
「帰ってきたらまた一緒に遊ぼう」
「本当に? 約束だよ」
私は小指を絡ませ、誓った。そのあとでぎゅうと抱きしめる。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
あどけない微笑みを背に私は外へ飛び出した。まだ日は昇ったばかり。湿った大地に風が吹き抜ける。その爽やかさに季節の変わり目を感じた。
「じゃ、今日もふんばりますか」
私はぐるんと腕をまわすと、駅に向かう道を歩き始めた。(737文字)
子供を持つ親が後ろ髪引かれるように出勤する姿。
最近は時計のアラームがなくてもこの時間になると目が開く。空も薄暗いこの時間、私は体を半回転し隣りにいる子どもの寝顔を眺めた。静かな寝息を聞くと、自然と口元から笑みがこぼれる。布団の海から子供の手をすくい、両手でそっと包み込んだ。小さな体から熱いものが伝わる。
初めて子供と手を繋いだ時、体温の高さに私は驚いた。最初は熱でもあるのかと慌てたけど、子供の平熱は大人のそれよりも高いのだと聞いてほっとした――そんな記憶はまだ新しい。
押し寄せてくる波は温かくて、少しくすぐったくて、でもとても心地よい。空っぽだった心に優しさが満ちていく。きっと、これが幸せというものなんだろう。
このまま、ここに留まれたらいいのに――私は思う。けど私は立ち上がらなければならなかった。愛しき人の夢を守るため、私は現実を背負う。私は行かなければならない。あの喧騒とした森の中へ――
私は簡単に食事を済ませ身支度を整える。すると寝室の扉が開いた。ベッドから起きた子供が私の所へ向かった。足にすりよる。
「もう行っちゃうの?」
無垢な瞳に射ぬかれ、私は困ってしまった。今にも泣きそうな、そんな顔をされたら、せっかくの決心も揺れてしまう。
私は子供の頭をそっとなでた。
「帰ってきたらまた一緒に遊ぼう」
「本当に? 約束だよ」
私は小指を絡ませ、誓った。そのあとでぎゅうと抱きしめる。
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
あどけない微笑みを背に私は外へ飛び出した。まだ日は昇ったばかり。湿った大地に風が吹き抜ける。その爽やかさに季節の変わり目を感じた。
「じゃ、今日もふんばりますか」
私はぐるんと腕をまわすと、駅に向かう道を歩き始めた。(737文字)
子供を持つ親が後ろ髪引かれるように出勤する姿。
2013
私とあの人の間には見えない壁がある。手を伸ばした所であの人には届かない。触れることも叩くこともできない。それでも私はあの人の好みを熟知していたし、今あの人が何を考えているのかも分かる。
今日は髪の毛があまりイケてない。目に隈もできているし、肌も荒れている。こんなんじゃ大好きな「あの人」の目にも止まらない。しっかりケアしなきゃ。
私が思うより先にあの人は顔パックを始めた。髪をすきコテで毛先を巻く。パックが乾くまでの間、あの人はクローゼットに頭だけ突っ込んで服を選んでいた。
そうだ、この間買ったワンピースがあったでしょう? あれにしてみない?
あの人が下ろしたての服を出す。一度部屋着の上に当て、うん、と頷いた。腕を通し、私の前に立ってからパックを剥がす。うん、とっても素敵。よく似あっている。
あの人は美容液と乳液をたっぷりつけ下地を塗り、ファンデを乗せた。まつ毛はぱっちりと、アイカラーは服に合わせた涼しげな色で。頬紅と口紅はしつこくない色を選びましょう。
いけない、もうこんな時間よ。急がなきゃ。
あの人はメイク道具をポーチに入れると仕事用のバッグを手にした。あの人が扉を閉めた瞬間、私は消える。残ったのは左右反転した部屋の風景。今度あの人に会えるのは仕事から帰ってきた時だ。
あの人はもう一人の私。私達は決して触れ合う事のない存在。それでもあの人私は心が繋がっている。(599文字)
鏡の向こう側にいる「私」が主人公。最初「化粧→服」の流れだったけど服に口紅付かね?と思い、ブログ編集画面内で書き直し。そしたら保存する前にページが変わってしまい文章そのものが消去したという(泣)さくっと書けた割にその後が大変だった話
今日は髪の毛があまりイケてない。目に隈もできているし、肌も荒れている。こんなんじゃ大好きな「あの人」の目にも止まらない。しっかりケアしなきゃ。
私が思うより先にあの人は顔パックを始めた。髪をすきコテで毛先を巻く。パックが乾くまでの間、あの人はクローゼットに頭だけ突っ込んで服を選んでいた。
そうだ、この間買ったワンピースがあったでしょう? あれにしてみない?
あの人が下ろしたての服を出す。一度部屋着の上に当て、うん、と頷いた。腕を通し、私の前に立ってからパックを剥がす。うん、とっても素敵。よく似あっている。
あの人は美容液と乳液をたっぷりつけ下地を塗り、ファンデを乗せた。まつ毛はぱっちりと、アイカラーは服に合わせた涼しげな色で。頬紅と口紅はしつこくない色を選びましょう。
いけない、もうこんな時間よ。急がなきゃ。
あの人はメイク道具をポーチに入れると仕事用のバッグを手にした。あの人が扉を閉めた瞬間、私は消える。残ったのは左右反転した部屋の風景。今度あの人に会えるのは仕事から帰ってきた時だ。
あの人はもう一人の私。私達は決して触れ合う事のない存在。それでもあの人私は心が繋がっている。(599文字)
鏡の向こう側にいる「私」が主人公。最初「化粧→服」の流れだったけど服に口紅付かね?と思い、ブログ編集画面内で書き直し。そしたら保存する前にページが変わってしまい文章そのものが消去したという(泣)さくっと書けた割にその後が大変だった話
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すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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