もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
ブラウスの釦が取れてしまったので、私は自分でつけ直すことにした。
彼が目の前にいるため、その場でブラウスを脱ぐことはできない。私は服を着たまま針を動かすことにした。白い糸を針穴に通し布に留める。利き手とは反対の手を使っているのでなかなか難しい。なんとか釦を付けることができたが、最後の最後で鋏を落としてしまった。
私の口からあ、と言葉が漏れる。同時に鋏の刃が糸を断ってしまった。私の小指に絡まっていた赤い糸を。
「どうした?」
私が急に青ざめたので彼が聞いてくる。
「どうしよう、『赤い糸』が……切れちゃった」
「なんだ。そんなこと」
「『そんなこと』じゃない!」
私はぴしゃりと言い放った。
「切れたのは『運命の赤い糸』なんだよ! ずっと貴方と繋がっていたのに。そんな言い方しないで!」
声を荒げたせいか彼は黙りこんでしまった。ちょっと言い過ぎたかもしれない。でもその時の私は彼を気づかう余裕などなかった。
「結べばまたくっつくかも」
私は切れた糸の先端を持ち、彼のそれと重ね絡めようとする。でも私の方の糸が短すぎて上手く結べない。私が躍起になっていると、彼がため息をついた。
「もういいよ。ていうかさ、もう終わりにしない?」
「え?」
「そーやって何でもかんでも『運命』のせいにするの。出会ったのも運命、付き合ったのも運命。そりゃお前には小指についてる糸が見えるかもしれないよ。けどさ、俺には全然見えないわけよ。そこへ毎日糸だ運命だって連呼されると萎えるっていうかー、重いんだよね。それにお前、俺のこと全然わかってないし」
「どういう、こと?」
戸惑う私に彼はふっと笑う。
「俺がお前とつき合ったのは、お前の顔が可愛かっただけだから。そうじゃなかったら絶対付き合わないっての」
じゃあ、と言って彼は踵を返した。手をひらひらとさせる。その小指に赤い糸をたなびかせながら。
「待って……」
私は針と鋏をポケットにしまう。教室を出ると彼のあとを追いかけた。
何度名を呼んでも彼は立ち止まらない。振り返ろうともしない。そのうち彼の赤い糸が動き出した。糸は彼を追い越し、廊下を駆け抜けた。やがてひとりの女の小指に絡まる。その女は彼と同じクラスだった。
彼は私に見せつけるかのように女に近づき肩を寄せる。女は突然のことに驚きはしたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな。彼の運命の人は私ではないなんて。
そんなのはありえない! 認めない!
私はポケットの中にあった鋏を握りしめると、二人の前に突き出した。(1062文字)
赤い糸に翻弄される女の話。ちょっと病んでる感じで。
彼が目の前にいるため、その場でブラウスを脱ぐことはできない。私は服を着たまま針を動かすことにした。白い糸を針穴に通し布に留める。利き手とは反対の手を使っているのでなかなか難しい。なんとか釦を付けることができたが、最後の最後で鋏を落としてしまった。
私の口からあ、と言葉が漏れる。同時に鋏の刃が糸を断ってしまった。私の小指に絡まっていた赤い糸を。
「どうした?」
私が急に青ざめたので彼が聞いてくる。
「どうしよう、『赤い糸』が……切れちゃった」
「なんだ。そんなこと」
「『そんなこと』じゃない!」
私はぴしゃりと言い放った。
「切れたのは『運命の赤い糸』なんだよ! ずっと貴方と繋がっていたのに。そんな言い方しないで!」
声を荒げたせいか彼は黙りこんでしまった。ちょっと言い過ぎたかもしれない。でもその時の私は彼を気づかう余裕などなかった。
「結べばまたくっつくかも」
私は切れた糸の先端を持ち、彼のそれと重ね絡めようとする。でも私の方の糸が短すぎて上手く結べない。私が躍起になっていると、彼がため息をついた。
「もういいよ。ていうかさ、もう終わりにしない?」
「え?」
「そーやって何でもかんでも『運命』のせいにするの。出会ったのも運命、付き合ったのも運命。そりゃお前には小指についてる糸が見えるかもしれないよ。けどさ、俺には全然見えないわけよ。そこへ毎日糸だ運命だって連呼されると萎えるっていうかー、重いんだよね。それにお前、俺のこと全然わかってないし」
「どういう、こと?」
戸惑う私に彼はふっと笑う。
「俺がお前とつき合ったのは、お前の顔が可愛かっただけだから。そうじゃなかったら絶対付き合わないっての」
じゃあ、と言って彼は踵を返した。手をひらひらとさせる。その小指に赤い糸をたなびかせながら。
「待って……」
私は針と鋏をポケットにしまう。教室を出ると彼のあとを追いかけた。
何度名を呼んでも彼は立ち止まらない。振り返ろうともしない。そのうち彼の赤い糸が動き出した。糸は彼を追い越し、廊下を駆け抜けた。やがてひとりの女の小指に絡まる。その女は彼と同じクラスだった。
彼は私に見せつけるかのように女に近づき肩を寄せる。女は突然のことに驚きはしたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな。彼の運命の人は私ではないなんて。
そんなのはありえない! 認めない!
私はポケットの中にあった鋏を握りしめると、二人の前に突き出した。(1062文字)
赤い糸に翻弄される女の話。ちょっと病んでる感じで。
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2013
ぼんやり庭を眺めていると、誰かに呼びとめられた。
「見たことのない顔だが。お前は誰だ?」
私は質問に答えようと振り返り――凍りつく。目の前にいたのが王だったからだ。
この国の王は、もともと盗賊の頭である。金持ちの家に押し入り、盗んだ金品で権力を手に入れた。美しきもの、金になるものを囲い、気に入らないものはことごとく排除する。そんな主を国民は恐れていた。
「私の話を聞いているのか?」
再度王に問われ、私は我に返った。身なりを整え、頭を垂れる。
「昨日から調理場で働かせてもらっている者です」
私の挨拶に王は濁った眼を光らせる。顔をあげよ、と続けたので私は姿勢を直した。王が頭からつま先まで、舐めるように私を見ている。おそらく私が自分の好みか見定めているのだろう。王の側室は家柄でなく顔で決まったと聞いていた。
少しの間が長く感じる。しばらくして王が納得したように頷くと、目を細めた。
「わかった、覚えておこう」
どうやら私は王の気に召したらしい。王が去ったあと、私はそっと息をつく。城にいればいつか顔を合わせるだろうと思っていた。でもまさか。再会の日がこんなにも早く訪れるなんて。
私は握った拳に力をこめた。ふつふつとわき起こるのは怒りだけだ。あいつは私の顔を見ても驚かなかった。死にそこなった奴のことなど覚えていないのだろう。
気持ちを察したのか、空に暗雲がたちこめる。私の体に残る古傷がうずき始めた。空から雨粒がおりていく。その勢いはだんだんと増し、庭園に咲く花を濡らしていく。
あの日も、大粒の雨が降っていた。
あいつは私の家に押し入り、金品をあらかた盗むと父と母の胸を何度も突いた。異変に気付き泣き声をあげた弟も喉を掻き切られた。私も追いつめられ背中と胸に深い傷を負った。記憶に残るのは床が血で染まる風景。一命を取り留めたのは、瀕死の母が盾になってくれたからだ。母の手には編みかけの靴下が握られていた。翌日は弟が生まれてはじめての誕生日だった。
許さない。あいつは、私の家族を殺した。ささやかな幸せをめちゃくちゃにした。
あいつがこの国を治めたと知った時、私は城に仕える決意をした。あいつ懐に入り、信用を得て油断した所を斬る。そのためなら何だってしてみせる。
雨がやんだ。空を覆っていた雲が切れ、間から光が差す。でも私の中の雨は止まない。この手で復讐を遂げるまでは。(1002文字)
王への復讐を誓う女の愛憎劇、のつもり。
「見たことのない顔だが。お前は誰だ?」
私は質問に答えようと振り返り――凍りつく。目の前にいたのが王だったからだ。
この国の王は、もともと盗賊の頭である。金持ちの家に押し入り、盗んだ金品で権力を手に入れた。美しきもの、金になるものを囲い、気に入らないものはことごとく排除する。そんな主を国民は恐れていた。
「私の話を聞いているのか?」
再度王に問われ、私は我に返った。身なりを整え、頭を垂れる。
「昨日から調理場で働かせてもらっている者です」
私の挨拶に王は濁った眼を光らせる。顔をあげよ、と続けたので私は姿勢を直した。王が頭からつま先まで、舐めるように私を見ている。おそらく私が自分の好みか見定めているのだろう。王の側室は家柄でなく顔で決まったと聞いていた。
少しの間が長く感じる。しばらくして王が納得したように頷くと、目を細めた。
「わかった、覚えておこう」
どうやら私は王の気に召したらしい。王が去ったあと、私はそっと息をつく。城にいればいつか顔を合わせるだろうと思っていた。でもまさか。再会の日がこんなにも早く訪れるなんて。
私は握った拳に力をこめた。ふつふつとわき起こるのは怒りだけだ。あいつは私の顔を見ても驚かなかった。死にそこなった奴のことなど覚えていないのだろう。
気持ちを察したのか、空に暗雲がたちこめる。私の体に残る古傷がうずき始めた。空から雨粒がおりていく。その勢いはだんだんと増し、庭園に咲く花を濡らしていく。
あの日も、大粒の雨が降っていた。
あいつは私の家に押し入り、金品をあらかた盗むと父と母の胸を何度も突いた。異変に気付き泣き声をあげた弟も喉を掻き切られた。私も追いつめられ背中と胸に深い傷を負った。記憶に残るのは床が血で染まる風景。一命を取り留めたのは、瀕死の母が盾になってくれたからだ。母の手には編みかけの靴下が握られていた。翌日は弟が生まれてはじめての誕生日だった。
許さない。あいつは、私の家族を殺した。ささやかな幸せをめちゃくちゃにした。
あいつがこの国を治めたと知った時、私は城に仕える決意をした。あいつ懐に入り、信用を得て油断した所を斬る。そのためなら何だってしてみせる。
雨がやんだ。空を覆っていた雲が切れ、間から光が差す。でも私の中の雨は止まない。この手で復讐を遂げるまでは。(1002文字)
王への復讐を誓う女の愛憎劇、のつもり。
2013
バーでワインをたしなんでいると、カウンターから視線を感じた。さっきからあたしを見ている男がいる。顔はバッチリストライクゾーン。でもどこかひ弱そう。
「ねぇ」
酔った勢いもあったのか、あたしは男に声をかけた。
「さっきからあたしのこと見てるけど、何か用?」
あたしは男を睨む。すると、男はあたしの元へ歩み寄りこう答えた。
「そのピアス――もしかしてお守り?」
その問いかけにあたしは目を丸くする。
今耳にしているのは小さな石がついたシンプルなものだ。ピアスなんて種類もデザインもごまんとあるけど、あたしはいつも同じものをつけていた。それにはちゃんとした理由がある。最初から的を突いた奴は初めてだ。
「どうして分かったの?」
「マカライトは魔除けの効果があるからね。こんなにも良質なのは初めて見た」
そう言って男があたしの耳に触れる。無防備だったのは男との至近距離よりも驚きが勝っていたからだ。あたしは何度も瞬きをする。一度見ただけで石の名前を当てるなんて――
「あんた何者?」
「通りすがりのサラリーマンです。名刺いる?」
「いらない」
あたしは耳元にある男の手を払う。イケメンは嫌いじゃないけど、手が早いのはいただけない。
軽く髪を整えたところで、あたしは改めて男を見る。二度見てもいい男だ。手は早いが仕草も自然で気品がある。こんなのに優しく微笑まれたら普通はころりといってしまうだろう。
「もしかして、僕を品定めしてる?」
「当然でしょ。男は皆狼なんだって、歌かなんかになかった?」
「いつの時代の話なんだか」
男は苦笑すると、自分のグラスを持って隣りに座る。
「残念ながら、僕が興味あるのは君がつけているピアスの石でした。これ、何処で手に入れたの?」
「貰ったの」
「誰に」
「父親。これ、ママの形見なんだって」
あたしのママはあたしが生まれてすぐ死んだ。事故か何かだと聞いていたけど。このピアスも元はネックレスの一部だった。
「最初にこの石貰った時、オヤジに『何かあった時はこれが守ってくれるから』って真剣な顔で言われたんだよね。最初は何の冗談かと思ったんだけど、まんざらでもないみたい。この石、あたしに身の危険が起こる前に壊れたり消えたりするんだ。今までも待ち合わせ遅れたおかげで大事故から免れたとか、変な奴に絡まれずに済んだとか。なんとなく振った男が実はヤク中だったとか。とにかく色々助けられて」
「だろうね」
あたしの話を聞いた男はグラスを傾ける。
「石は持ち主の身代わりになってくれるから。おそらく、君も君のお母さんも災いを引きこみやすい体質なんだろうね。だからお父さんは君にお母さんの形見を託したんじゃないかな?」
男の言葉には川の流れのような、穏やかさがあった。
私は肘をつくと、男のグラスの中を覗いた。浮かぶ液体は石と同じ青緑。ゆらり、ゆらりと流れる姿にあたしは惹きこまれる。
父も二年前に他界した。小さい頃は首にかけていた石も、一つずつ減る度にアンクレット、ブレス、と加工しなおした。残っている石は今しているふた粒だけ。
「この石――全部なくなったら、どうなっちゃうんだろ」
あたしはずっと怖くて言えなかった言葉を吐き出す。でもこれがなくなったらあたしはどうなる? やっぱり死んじゃうのだろうか。
オヤジやママに会うのも悪くない。でも。
あたしは小さく呟く。死にたくない、と。
「だから僕はここに来たんです。貴女を救うために」
隣りで男がそう言ったのは空耳だろうか。
「気が向いたらこちらへ連絡を下さい。お待ちしてますよ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
気がつくと隣りにいたはずの男は消えていた。テーブルに残されたのは空っぽのグラスと一枚の名刺のみ。手を伸ばし、名刺をつまむ。そこで初めてあたしは男の名を知った。(1592文字)
「ねぇ」
酔った勢いもあったのか、あたしは男に声をかけた。
「さっきからあたしのこと見てるけど、何か用?」
あたしは男を睨む。すると、男はあたしの元へ歩み寄りこう答えた。
「そのピアス――もしかしてお守り?」
その問いかけにあたしは目を丸くする。
今耳にしているのは小さな石がついたシンプルなものだ。ピアスなんて種類もデザインもごまんとあるけど、あたしはいつも同じものをつけていた。それにはちゃんとした理由がある。最初から的を突いた奴は初めてだ。
「どうして分かったの?」
「マカライトは魔除けの効果があるからね。こんなにも良質なのは初めて見た」
そう言って男があたしの耳に触れる。無防備だったのは男との至近距離よりも驚きが勝っていたからだ。あたしは何度も瞬きをする。一度見ただけで石の名前を当てるなんて――
「あんた何者?」
「通りすがりのサラリーマンです。名刺いる?」
「いらない」
あたしは耳元にある男の手を払う。イケメンは嫌いじゃないけど、手が早いのはいただけない。
軽く髪を整えたところで、あたしは改めて男を見る。二度見てもいい男だ。手は早いが仕草も自然で気品がある。こんなのに優しく微笑まれたら普通はころりといってしまうだろう。
「もしかして、僕を品定めしてる?」
「当然でしょ。男は皆狼なんだって、歌かなんかになかった?」
「いつの時代の話なんだか」
男は苦笑すると、自分のグラスを持って隣りに座る。
「残念ながら、僕が興味あるのは君がつけているピアスの石でした。これ、何処で手に入れたの?」
「貰ったの」
「誰に」
「父親。これ、ママの形見なんだって」
あたしのママはあたしが生まれてすぐ死んだ。事故か何かだと聞いていたけど。このピアスも元はネックレスの一部だった。
「最初にこの石貰った時、オヤジに『何かあった時はこれが守ってくれるから』って真剣な顔で言われたんだよね。最初は何の冗談かと思ったんだけど、まんざらでもないみたい。この石、あたしに身の危険が起こる前に壊れたり消えたりするんだ。今までも待ち合わせ遅れたおかげで大事故から免れたとか、変な奴に絡まれずに済んだとか。なんとなく振った男が実はヤク中だったとか。とにかく色々助けられて」
「だろうね」
あたしの話を聞いた男はグラスを傾ける。
「石は持ち主の身代わりになってくれるから。おそらく、君も君のお母さんも災いを引きこみやすい体質なんだろうね。だからお父さんは君にお母さんの形見を託したんじゃないかな?」
男の言葉には川の流れのような、穏やかさがあった。
私は肘をつくと、男のグラスの中を覗いた。浮かぶ液体は石と同じ青緑。ゆらり、ゆらりと流れる姿にあたしは惹きこまれる。
父も二年前に他界した。小さい頃は首にかけていた石も、一つずつ減る度にアンクレット、ブレス、と加工しなおした。残っている石は今しているふた粒だけ。
「この石――全部なくなったら、どうなっちゃうんだろ」
あたしはずっと怖くて言えなかった言葉を吐き出す。でもこれがなくなったらあたしはどうなる? やっぱり死んじゃうのだろうか。
オヤジやママに会うのも悪くない。でも。
あたしは小さく呟く。死にたくない、と。
「だから僕はここに来たんです。貴女を救うために」
隣りで男がそう言ったのは空耳だろうか。
「気が向いたらこちらへ連絡を下さい。お待ちしてますよ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
気がつくと隣りにいたはずの男は消えていた。テーブルに残されたのは空っぽのグラスと一枚の名刺のみ。手を伸ばし、名刺をつまむ。そこで初めてあたしは男の名を知った。(1592文字)
2013
「お持たせだけどどうぞ」
そう言って礼華さんがお茶受けを差し出した。それぞれの席にロールケーキが二種類置かれる。一つはチョコレート味、もう一つは限定のクリームチーズ味だ。
くそう、海斗のやつ。俺が狙っていたチーズクリームを買いやがったな。
俺は双子の弟を睨む。お互い別々に出発したのに、一歩出遅れたせいで俺は目的の品を買えなかった。クリームチーズは礼華さんの大好物なのに。
「今日の夕飯はどうだった?」
「とても美味しかったです」
「最高でした。毎日食べてもいいくらい」
俺達の言葉に礼華さんは満足そうだ。この春に短大を卒業した礼華さんは栄養士になるべく、更なる勉強を続けていた。
「じゃあ、今日のメニューで何が一番よかった?」
その質問に俺は「牛すね肉のトマト煮込み」と答えた。声がユニゾンする。俺は海斗と顔を見合わせた。
「さすが双子ね。好みも一緒」
嬉しそうな礼華さんの表情にお互いばつが悪くなった。仕方なく、俺達は出されたロールケーキにかぶりつく。会話などない。そっぽを向いて茶を飲んでいると、礼華さんがため息をついた。
「二人ともいつまで意地張ってるのよ。何で私が二人を夕食に誘ったか分かるよね? いい加減仲直りしなさい」
礼華さんのたしなめに俺達は肩をすくめる。しばらくの沈黙。口火をきったのは海斗が先だった。
「陸があやまれば許してやってもいい」
「それはこっちの台詞だ。海こそ土下座しろ」
「何?」
「何だと?」
「やめなさい!」
張りのある声に俺達は委縮した。
「貴方達、もう中学生でしょ? 人前で兄弟喧嘩して恥ずかしくないの? というか、喧嘩になった原因は何なわけ?」
合気道をしているせいか、礼華さんの声はよく通る。礼華さんに詰め寄られ、俺達は閉口した。原因を目の前にして実は、なんて言えるわけがない。
そもそもの発端は一週間前のこと。海斗は俺に内緒で礼華さんに会っていた。
双子の悲しい性なのか、俺と海斗は同じ人を好きになることが多い。だから俺達はルールを作った。同じ人を好きになった時は正々堂々と戦うこと。抜けがけは一切しないこと。なのに、今回それを破られた。
俺は腹いせに海斗の携帯に保存してあった礼華さんの画像を全て消去した。保存してるであろうSDカードも破壊してやった。海斗は烈火のごとく怒ったが、これはルールを破った報いだ。ざまあみろ。
俺達兄弟がそろって貝になっていると礼華さんが、まぁいいわ。と話を打ち切った。実は二人を呼んだ理由はもう一つあるの、と続けて言う。
「前から二人に合気道教えるって約束していたでしょう? でも私、それができなくなっちゃったの」
「え?」
「なんで?」
「お世話になった先生が怪我で入院して、しばらくの間先生の穴埋めをしなければならないの。ごめんね」
そう言って謝る礼華さんに俺達は首を横に振った。
「そんな、そういった理由なら全然OKです。気にしないで」と俺。
「そうそう。教えてもらうのはいつでもいいんだし」と海斗。
すると礼華さんはにっこり笑った。
「ああ、そのことなら大丈夫。代わりの先生を用意したから」
その時、タイミング良くインターホンが鳴った。
「あ、来たみたい。ちょっと待って」
礼華さんが部屋を出て行く。居心地の悪い時間がしばらく続いたあとで、再び扉が開く。礼華さんが連れてきたのは俺たちよりもひとまわり年上の男だった。
「こちら、平山修二さん。私の大学の先輩で今は師範をしているの」
「君達が陸斗君と海斗君だね。君達のことは礼華からよく聞いているよ。合気道に興味があるんだって?」
「そうなの。二人とも若いから、鍛えがいあるわよー」
「そりゃ楽しみだ」
平山という男は礼華さんの前で終始ご機嫌だった。礼華さんの頬が上気している。二人を包み込む雰囲気は何と言うか、先輩と後輩の域を超えているような。
「そうだ礼華。この間ウチに来た時、これ忘れてっただろう?」
「ああ、片方なくて探してたのよー ありがとう」
礼華さんが平山から受け取ったのは天然石のピアスだった。小さな石を留め具で抑えるタイプだ。普通、留め具のついたピアスを他人の家に置き忘れることなんてない。ということは礼華さんが自分で外したというわけで――え? ええっ!
俺は口をわなわなとふるわせる。ちらり隣りを見ると海斗が泡を食っていた。
こうして俺達の淡い恋は終わったのである。(1834文字)
双子の兄弟恋に破れる、な話。
そう言って礼華さんがお茶受けを差し出した。それぞれの席にロールケーキが二種類置かれる。一つはチョコレート味、もう一つは限定のクリームチーズ味だ。
くそう、海斗のやつ。俺が狙っていたチーズクリームを買いやがったな。
俺は双子の弟を睨む。お互い別々に出発したのに、一歩出遅れたせいで俺は目的の品を買えなかった。クリームチーズは礼華さんの大好物なのに。
「今日の夕飯はどうだった?」
「とても美味しかったです」
「最高でした。毎日食べてもいいくらい」
俺達の言葉に礼華さんは満足そうだ。この春に短大を卒業した礼華さんは栄養士になるべく、更なる勉強を続けていた。
「じゃあ、今日のメニューで何が一番よかった?」
その質問に俺は「牛すね肉のトマト煮込み」と答えた。声がユニゾンする。俺は海斗と顔を見合わせた。
「さすが双子ね。好みも一緒」
嬉しそうな礼華さんの表情にお互いばつが悪くなった。仕方なく、俺達は出されたロールケーキにかぶりつく。会話などない。そっぽを向いて茶を飲んでいると、礼華さんがため息をついた。
「二人ともいつまで意地張ってるのよ。何で私が二人を夕食に誘ったか分かるよね? いい加減仲直りしなさい」
礼華さんのたしなめに俺達は肩をすくめる。しばらくの沈黙。口火をきったのは海斗が先だった。
「陸があやまれば許してやってもいい」
「それはこっちの台詞だ。海こそ土下座しろ」
「何?」
「何だと?」
「やめなさい!」
張りのある声に俺達は委縮した。
「貴方達、もう中学生でしょ? 人前で兄弟喧嘩して恥ずかしくないの? というか、喧嘩になった原因は何なわけ?」
合気道をしているせいか、礼華さんの声はよく通る。礼華さんに詰め寄られ、俺達は閉口した。原因を目の前にして実は、なんて言えるわけがない。
そもそもの発端は一週間前のこと。海斗は俺に内緒で礼華さんに会っていた。
双子の悲しい性なのか、俺と海斗は同じ人を好きになることが多い。だから俺達はルールを作った。同じ人を好きになった時は正々堂々と戦うこと。抜けがけは一切しないこと。なのに、今回それを破られた。
俺は腹いせに海斗の携帯に保存してあった礼華さんの画像を全て消去した。保存してるであろうSDカードも破壊してやった。海斗は烈火のごとく怒ったが、これはルールを破った報いだ。ざまあみろ。
俺達兄弟がそろって貝になっていると礼華さんが、まぁいいわ。と話を打ち切った。実は二人を呼んだ理由はもう一つあるの、と続けて言う。
「前から二人に合気道教えるって約束していたでしょう? でも私、それができなくなっちゃったの」
「え?」
「なんで?」
「お世話になった先生が怪我で入院して、しばらくの間先生の穴埋めをしなければならないの。ごめんね」
そう言って謝る礼華さんに俺達は首を横に振った。
「そんな、そういった理由なら全然OKです。気にしないで」と俺。
「そうそう。教えてもらうのはいつでもいいんだし」と海斗。
すると礼華さんはにっこり笑った。
「ああ、そのことなら大丈夫。代わりの先生を用意したから」
その時、タイミング良くインターホンが鳴った。
「あ、来たみたい。ちょっと待って」
礼華さんが部屋を出て行く。居心地の悪い時間がしばらく続いたあとで、再び扉が開く。礼華さんが連れてきたのは俺たちよりもひとまわり年上の男だった。
「こちら、平山修二さん。私の大学の先輩で今は師範をしているの」
「君達が陸斗君と海斗君だね。君達のことは礼華からよく聞いているよ。合気道に興味があるんだって?」
「そうなの。二人とも若いから、鍛えがいあるわよー」
「そりゃ楽しみだ」
平山という男は礼華さんの前で終始ご機嫌だった。礼華さんの頬が上気している。二人を包み込む雰囲気は何と言うか、先輩と後輩の域を超えているような。
「そうだ礼華。この間ウチに来た時、これ忘れてっただろう?」
「ああ、片方なくて探してたのよー ありがとう」
礼華さんが平山から受け取ったのは天然石のピアスだった。小さな石を留め具で抑えるタイプだ。普通、留め具のついたピアスを他人の家に置き忘れることなんてない。ということは礼華さんが自分で外したというわけで――え? ええっ!
俺は口をわなわなとふるわせる。ちらり隣りを見ると海斗が泡を食っていた。
こうして俺達の淡い恋は終わったのである。(1834文字)
双子の兄弟恋に破れる、な話。
2013
その日の私は不安が渦巻いていた。東吾の携帯に電話をかけても通じないのだ。耳元からは「電源が切れている為かかりません」というお決まりの文句が流れるばかり。たぶん、途中で充電が切れたのだろう。この分だと昼間送ったメールを読んでいるかどうかも怪しい。
ぶっちゃけ、電話もメールの内容も大したものじゃない。けど――
一度バイト先に行ってみようか?
ふとそんな思いがよぎる。でも直ぐに思い直した。彼女の身分振りかざして彼氏の仕事場に乗り込むのは私の柄じゃない。そこまでして東吾を束縛するつもりはない。
そう考える一方で、もう一人の自分が囁いた。束縛しないって言ってるけど、自分に都合のいい言い訳をしているだけじゃないの? 東吾と一緒にいる「あの女」の顔を見たくないの? と。
あの女とは東吾と同じファミレスで働いている女子高生のことだ。一度写メで顔を見たけど、可もなく不可もない地味目の女。東吾はあの女の教育係だった。
東吾曰く、あの女は今の自分が嫌いなのだと言う。学校に馴染めず、やりたいことも見つからない。このままだと、置いてきぼりにされそうで怖い――そういったことを言ったらしい。
東吾はその日バイト先であったことを私に話す。最初はへぇそうなんだ、で済んだ内容も東吾の就職が決まってからは少しずつ変わった。そのうちシフト変更や残業が増え、その理由の傍らにあの女の名が出るようになり、私はあの女にもやもやとした感情を抱くようになった。それが嫉妬だということは自分でも分かっていた。
その人、東吾に気があるんじゃない?冗談半分で私が言うと、東吾はまさか、と笑った。相手は女子高生だよ。あっちから見たら俺オジサンだろ?その答えに私は苦笑した。東吾はそういった事にてんで鈍感なのだ。まぁそれが東吾の持ち味なのだけど。そのおかげで私が救われたのも事実だ。
東吾は男女かまわず優しい。相手を決してないがしろにしないし、相手の相談に真摯に向き合う。無償の優しさに惹かれた女性は過去にもいた。でも彼女は自分の気持ちに葛藤を抱いていたし、彼女は東吾への好意も私への背徳も嫉妬も全部自分の中に閉じ込めて、告白もせず私たちから離れていった。
あの女は彼女に似てると東吾は言う。でも私はそう思わない。あの女の言動からは東吾に対する「迷い」が見えてこない。だからこそ私は不安になるし苛立ちもする。それが杞憂だってことも分かっている。東吾の気持ちはいつだって私の方を向いているってことも。
けど私の中では「まさか」の事態が拭えないのだ。顔を合わせる時間が少なくなったなら尚更のこと。同棲を始めたのにすれ違ってばかりで――これじゃ一人暮らしの時と何ら変わらない。
「さみしいなぁ……」
私は携帯を机に伏せ、ため息をつく。昨日まで私はこのやり場のない思いを酒にぶつけていた。当てつけに男友達と飲んでいたけど、東吾はきっと私の本心に気づいてない。
東吾の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿阿呆ぉ! 今日こそ家出してやるんだから!
とはいえ、誰の所に転がりこめばいい?
私は自分に問いかける。すぐに思い浮かんだのは離れてしまった親友の顔だった。(1313文字)
本サイト連載中「プレゼント」より芽衣子視点。このような経緯で映画館にいた綾にメールが届いたという。この時点で東吾はまだ仕事中。携帯も解約されてなかった。
ぶっちゃけ、電話もメールの内容も大したものじゃない。けど――
一度バイト先に行ってみようか?
ふとそんな思いがよぎる。でも直ぐに思い直した。彼女の身分振りかざして彼氏の仕事場に乗り込むのは私の柄じゃない。そこまでして東吾を束縛するつもりはない。
そう考える一方で、もう一人の自分が囁いた。束縛しないって言ってるけど、自分に都合のいい言い訳をしているだけじゃないの? 東吾と一緒にいる「あの女」の顔を見たくないの? と。
あの女とは東吾と同じファミレスで働いている女子高生のことだ。一度写メで顔を見たけど、可もなく不可もない地味目の女。東吾はあの女の教育係だった。
東吾曰く、あの女は今の自分が嫌いなのだと言う。学校に馴染めず、やりたいことも見つからない。このままだと、置いてきぼりにされそうで怖い――そういったことを言ったらしい。
東吾はその日バイト先であったことを私に話す。最初はへぇそうなんだ、で済んだ内容も東吾の就職が決まってからは少しずつ変わった。そのうちシフト変更や残業が増え、その理由の傍らにあの女の名が出るようになり、私はあの女にもやもやとした感情を抱くようになった。それが嫉妬だということは自分でも分かっていた。
その人、東吾に気があるんじゃない?冗談半分で私が言うと、東吾はまさか、と笑った。相手は女子高生だよ。あっちから見たら俺オジサンだろ?その答えに私は苦笑した。東吾はそういった事にてんで鈍感なのだ。まぁそれが東吾の持ち味なのだけど。そのおかげで私が救われたのも事実だ。
東吾は男女かまわず優しい。相手を決してないがしろにしないし、相手の相談に真摯に向き合う。無償の優しさに惹かれた女性は過去にもいた。でも彼女は自分の気持ちに葛藤を抱いていたし、彼女は東吾への好意も私への背徳も嫉妬も全部自分の中に閉じ込めて、告白もせず私たちから離れていった。
あの女は彼女に似てると東吾は言う。でも私はそう思わない。あの女の言動からは東吾に対する「迷い」が見えてこない。だからこそ私は不安になるし苛立ちもする。それが杞憂だってことも分かっている。東吾の気持ちはいつだって私の方を向いているってことも。
けど私の中では「まさか」の事態が拭えないのだ。顔を合わせる時間が少なくなったなら尚更のこと。同棲を始めたのにすれ違ってばかりで――これじゃ一人暮らしの時と何ら変わらない。
「さみしいなぁ……」
私は携帯を机に伏せ、ため息をつく。昨日まで私はこのやり場のない思いを酒にぶつけていた。当てつけに男友達と飲んでいたけど、東吾はきっと私の本心に気づいてない。
東吾の馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿阿呆ぉ! 今日こそ家出してやるんだから!
とはいえ、誰の所に転がりこめばいい?
私は自分に問いかける。すぐに思い浮かんだのは離れてしまった親友の顔だった。(1313文字)
本サイト連載中「プレゼント」より芽衣子視点。このような経緯で映画館にいた綾にメールが届いたという。この時点で東吾はまだ仕事中。携帯も解約されてなかった。
プロフィール
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和
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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