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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0930

 世界的に有名なバンドが来月武道館でコンサートをする。いつもだったら子供と行くのだが、今回は子供が修学旅行とかぶってしまった為行けなくなってしまった。一人で行くのは気がひける。かといって希少なチケットを紙切れにしてしまうのは私のモッタイナイ精神が許さない。だからバンドのファンである友人の一人に声をかけた。案の定、友人は二度返事でそれを受け取ってくれた。
「うーわー、嬉しいなぁ。しかもここ、超いい席じゃない」
 友人はまじまじとプラチナチケットを眺めていた。今回はバンド結成二十周年の記念ツアーで、世界中から注目を浴びている。チケットも開始一分で売切れたらしい。
「でも本当に貰っちゃっていいの? 旦那さんと一緒に行かないの?」
「ああ、旦那は――仕事が色々忙しいからねぇ」
 私はさりげなく視線をカップに向けるとなみなみと注がれた紅茶に口をつけた。旦那とは結婚して十五年だが、その半分以上は別居している。仲が悪いわけじゃない。お互いの仕事が忙しいのだ。特に旦那はひどい。今、私が旦那と一緒に過ごせるのは年に一度の結婚記念日位なものだ。その記念日も、旦那にとっては貴重な休みだから近年はダラダラ寝て過ごすだけの一日になっている。私もそう言ったのにはしゃぐ年でもないので、お祝いもへったくれもありゃしない。
 起きれば髭をさすりながらパンツ一丁で部屋をうろうろする。その姿は何処の家庭とも一緒。最近は加齢臭もほのかに漂ったりするから、年頃の娘も近づこうともしない。私のものと一緒に洗濯しないで、とまで言われてしまう。
「半年前に会ったきりだけど――ま、お互い元気でいればいいんじゃないの?」
「相変わらずクールというかドライというか。よくそんなんで夫婦が成り立っているわね。浮気とか心配ないわけ?」
「そりゃ最初の十年は嫉妬したりやきもきしてたわよ。でも、今はどうでもいいっていうか。したらしたでその時考えようかな、って感じ?」
 最初は専業主婦だった私も数年前から独身時代のつてをたどって仕事を得、子供を養える位の収入は得ている。心に幾分か余裕があるから楽観的にいられるのかもしれない。
 私がのんびりとそんなことを考えていると、でもさぁ、と友人が意地悪な言葉を突いてくる。
「そんな生活続けてて楽しい? 子供だってこれから独立して結婚するでしょ? 旦那さん定年までこんなだと一人でさみしくない? 一緒にいてほしくない?」
「一緒に、ねぇ……」
 私は小さく唸る。そもそも旦那と一緒に居られること自体が奇跡なんじゃないのだろうかと思う。居られるのはそれこそ私の死に際くらい? いや、旦那のことだ。それすら間に合わないかもしれん。たぶん旦那の辞書にも「人生のラストは二人きりで」なんて文字はないだろう。
 友達と別れた後、私は携帯を手に取った。メールを呼び出し、旦那に明日私が死んだらどうする? と試しに入れてみる。するとすぐに携帯が鳴った。電話に出た私は急にどうしたの? と言う。
「どうもこうも。何だよあのメールは! 何か悩みでもあるのか? 病気でも見つかったのか?」
「別に。例えばの話をしてただけなんだけど」
「んな悪い冗談、メールで送るんじゃない! こっちの心臓が止まりそうになったじゃないか!」
 普段は冷静な旦那が本気で起こったものだから、私は目を丸くする。受話器の向こうからIt did what?と流暢な英語が聞こえてきた。旦那がすかさずAre reliableと返す声がする。
「今どこ?」
「NYのスタジオでレコーディング中。すっごい盛り上がってた所にメール来たからすっげえ萎えた」
「それは失礼しました」
「じゃ『愛してる』って言え」
「愛してる」
「……何か棒読みでムカツクけどまぁいいや。今度のツアー、来るんだよな」
「司は来れないけど、友達と一緒に行く」
「いいか、絶対来いよ。サプライズ用意して待ってるから!」
「はいはい」
 私は特に期待もせず返事をする。結婚して十五年。内縁の妻である私は今日もメディアの向こうから彼を支えている。


そしてサプライズで妻と結婚します報告なオチ。
最近ぐだぐだ更新ですが、80フレーズⅡもこちらで全て消化となりました。今後もお題小説に挑戦いたします。

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2013

0927

  昨日臨時収入が入ったので休日の今日は買い物に出かけることにした。
 私はスキップを踏みながらマンションをあとにする。出た瞬間、前に止まっていた郵便屋のバイクが目にとびこんだ。目立つ赤色に私は思わず体を強張らせる。向かいにある床屋の赤い看板を見て思わずう、と唸り声をあげてしまう。
 赤色に敏感なのは朝、テレビの占いで「赤い色に気をつけて」みたいなことを言われたからかもしれない。占いはあくまで占い、と割りれたらいいのだけど、一度見てしまったものだからどうにも頭から離れないのだ。
 気づけば目の前の信号は赤、車道に止まった車も赤、道路の反対側で待つ人の服も赤。赤、赤、赤――嫌でも色が目につく。こういうのを先入観とでもいうのかしら。とにかく赤がちらついて困ってしまった。こんなんじゃせっかくの買い物も楽しめやしない。
 仕方なく私は近くのセレクトショップに入りサングラスを買う。予定外の出費はちょっとだけ痛かったけど、でも今着ている服にぴったりのものが買えたからよしとする。かけてみると、赤ばかり際立つ世界は全て灰色に染まった。うん、これでいい。私は颯爽と街中へ繰り出す。お気に入りの店をはしごして、気に入ったものを次々に購入した。
 帰りの電車で、紙袋を幾つも抱えた私はほくほくしていた。買い物に夢中になりすぎてお昼ごはんを食いっぱぐれちゃったけど、いいものが沢山買えたからいいや。
 私が買ったものを思い出しながらにやにや笑っていると、抱っこされた赤ちゃんと目があった。その可愛らしいさに更に口元が緩む。するといきなり赤ちゃんが泣きだした。母親は慌てて赤ちゃんをなだめ始める。私の周りの視線がそちらに集中する。ええと。この場合私が原因? になるんだろうか。
 少しだけ罪悪感を感じた私は、うつむいた時に流れ落ちた髪をすくって耳にかけようとする。そしてサングラスの存在を改めて思い出した。ああ、もしかしたら。
 サングラスを外すと案の定、赤ちゃんが泣きやんだ。ほっとした私と赤ちゃんの母親に笑みが戻る。そして何となく視線を足元に向けて――私は愕然とした。ちらりと見えたひとつの紙袋の中身、それが赤色に染まっていたからだ。私は紙袋に手を突っ込んで戦利品を確認する。見れば今日買った服や小物、アクセサリーに至るまで赤で埋め尽くされている。
 そういえばこれまで一度もサングラスを外してなかった。買い物もかけたままだったし、普段はデザイン重視で服を選んでいる。だから色にまで気が回らなかった。
 私はずらりと揃った赤色に唖然とする。そして諦めた。外は茜色に染まっている。まさに赤日和にふさわしい締めくくりとしか言いようがない。私に思わず苦笑が広がった。

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2013

0926
私が働いているホテルの小会場は度々記者会見に使われる。それは映画の製作発表だったり、スポーツの会見だったり。
 今日は数日前から始まった世界野球の結果が報告された。今日準々決勝が行われ、我が国は逆転勝利をおさめた。だが決勝点をあげた四番バッターが試合終了後に突然倒れ、先ほど現地の病院で死亡が確認されたという。死因はくも目下出血。その報告に会場が一度どよめいた。それでも会見は淀みなく続く。他の国の試合結果が全て伝えられる。ひととおり終わると、すぐさま記者たちの質問が相手に飛んだ。その内容のほとんどは急死したヒーローに関するものだった。
 十分間の質疑応答が終わると席に座っていた記者たちはそれを活字にすべく動き出す。明日の見出しはきっと割れるだろう。世界野球決勝進出とそれを導いたヒーローの突然の死、どちらが大きく打ち出されるかは、社色と記者の腕次第といった所だろうか。
 とはいえ、野球に疎い私にとってはあまり興味を引く話題ではなかった。亡くなったヒーローのあの人に対してもそうなんだ、位で。そう、今の私には遠い遠い世界の話、そんな感じだ。
 装着していたイヤホンに撤収の指示が入ったので、私は椅子を片づける作業に入った。だが、それはすぐに頓挫してしまう。整列された椅子の、後方の席に座っている男性――というよりおじさんがまだいたからだ。おじさんは席に座ったまま、石像のように微動だにしなかった。
 私は彼に近づく。あの、撤収するので会場を出て頂きたいのですが。そう言っておじさんをどかそうとした。だが、私の唇は前振りの「あの」の部分で止まってしまう。記者席に座っていたおじさんが静かに涙を落していたからだ。きっとおじさんの耳には私の言葉など耳に入らない。おじさんの中だけ時間が止まっているのだろう。
 私は一瞬悩んだ。撤収作業は始まっている。この人をどかさないことには作業がすすまない。でも、泣いている人をほおっておくこともできない。結局私は手持ちのハンカチを差し出した。彼の目に触れそうな位置に近づける。たぶん、そうしないと気づかないと思ったから。
「使いますか?」
 私の存在に気づいたのか、おじさんがゆっくりと顔を上げる。中年男の泣きはらした顔は情けないを通り越していた。私はおじさんの胸元をさりげなく見る。記者カードを確認すると、聞いたこともない新聞社の名前が――いや、地方に特化した新聞社だというのがわかった。何故なら、とある地方の名前を取っていたからだ。私は昔、野球好きの同僚から聞いた話を思い出す。あの人の活躍を書くためだけに新聞社を立ち上げた人がいると。たぶんでなくても――目の前の人物がその人なのだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
 私はおじさんに聞いた。大丈夫、と聞いたのはもしかしたらおじさんはあの人の死を悲しんでたんじゃなくて、十年ぶりの決勝進出に嬉しくて涙を流したのかもしれないって思ったから。だから安易に他の言葉を紡ぐことができなかった。
 そんな私の気持ちを汲んでくれたかは分からない。おじさんは「もう大丈夫です」と言葉を返してくれた。
「いい年のおっさんが泣いてたら驚きますよねえ。お恥ずかしい所を見せてしまって……でも、ショックだったんですよ。あの人が僕よりも先に死んでしまって――」
「そう、ですよね」
 こう言う時、一番しっくりくる言葉は何だろう、と私は思う。すぐに浮かんだのは「遺憾」だった。とても残念でならないという意。政治家がよく使う言葉だけど、重々しい雰囲気が伝わる。そんな気がする。
「僕は僕らにとって彼は本当にヒーローで……希望だったんです。山と田んぼ以外何もない、辺鄙な田舎で、彼がプロ選手になるまでこれといった特産品も有名人もいなくて。みんな彼の活躍に元気を貰っていたんです。彼はまだ若かった。もっともっと、やりたいことがあったと思うんです。だから――悔しくてならない」
 そう言っておじさんは一度両手で自分の顔を覆った。涙のあとを拭きとり、ほう、とため息をつく。社に戻って記事を書かなきゃな、と言うと、私に会釈をして会場を去っていった。
 結局おじさんは私のハンカチを使わなかった。私は野球のことはよく知らない。でも肩を落として去っていったおじさんの、あの人を思う気持ちは伝わった。
 おじさんにとってあの人は遠い世界の人間じゃない、愛する故郷の一部なのだ。

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2013

0925

 その日、私の親がはたらいているお店はがらがらだった。お客さんからの注文がなくて、レジにいたお母さんはとても暇そうだ。コックのお父さんは包丁を研いでいたけど、ものすごく時間をかけているように見えた。
 お昼前のこの時間、いつもなら店の前に行列ができるはずなのに、行列どころかお客さんも来ていない。これまでに来たのは隣に住んでいるおばちゃんと同級生のさっちゃん家のお父さんと、仕入れの業者さん。
 たまにはこんな一日もあるわよとウエイトレスのお母さんは言っていたけど、私は知っていた。今月に入ってから、お客さんがいつもの半分も来てないってことを。
 それに昨日の夜、私はみていたんだ。
 お父さんがさびしそうな顔でお店の残り物をゴミ箱に入れていたのを。お母さんは店の売上げを計算しながら、ため息をついていたのを。
 お父さんとお母さんをそうさせたのはお向かいにできたファミレスのせいだ。ファミレスの駐車場にはたくさんの車や自転車が止まっている。道を歩いている人は、小さな紙切れをもって店の中へ入っていく。この間新聞にはさまっていた広告には注文した料理が安くなるクーポン券が入っていた。
 私は窓からそっと目を離した。気がつくと、お母さんはお父さんの所にいて、真剣な顔で何か話をしていた。カウンターでマンガを読んでいた私とお絵かきをしている妹を見た後でうなずく。
「もう、今日はお店を閉めようか」
 お父さんが言った。そうね、とお母さんが言う。二人の言葉に妹のユイが耳をぴくりとさせた。 
「おみせしめるの? おしごとおしまいなの?」
「そう。だから今日はアイとユイの好きな所へ連れてってあげる。どこがいい?」
「ゆーえんち! ユイ、ゆーえんちいきたいっ」 
「わかった。じゃあみんなでいこうね」
「やったー。ゆーえんちぃ」
 好きな所に連れて行ってもらえるせいか、ユイはとても興奮している。私はというと――心から喜ぶことができなかった。お父さんとお母さんはにこにこしているけど、どこか変だ。むりやり笑顔を作っているようで気持ち悪い。
 ユイは服を着替えにお母さんと奥の部屋へ行った。お父さんは扉のまえにかけてあった「営業中」の看板をひっくり返した。それから、厨房でお弁当を作り始める。
 レタスののっかったパンにハムやトマトや茹で卵をつぶしたのを挟んで、軽く押さえて。パン用の細長い包丁で三角に切ると、カラフルなサンドイッチが出来上がった。
 それは、いつもだったらお店のお客さんに出すものだ。満足げに頷くお父さん。私の中でもやもやがいつの間にか大きくなっていく。
「やっぱり私、いかない」
 気がつくと、私はお父さんにそう言っていた。お父さんが顔を上げる。私を見て、とてもびっくりとしたような顔をしている。
「いいのかい? アイの好きなジェットコースターに乗れるんだよ。お化け屋敷だって――」
「いいよ。私、家でおるすばんしてる」
 私は読みかけのマンガを閉じると、本棚に戻した。くるりと振り返ると、よそいきの服に着替えたお母さんとユイがきょとんとした顔をしている。
「アイ、支度しなくていいの?」
「いいの。私、行かないから。お父さんとお母さんとユイの三人で行ってきて」
「何を急に言い出すの? せっかくのお休みなんだから――」
 お母さんが文句を言い始めるとお父さんがそれを止めた。
「分かった。アイがそうしたいなら、そうしなさい」
 サンドイッチ、冷ぞうこの中に入れておくから、とお父さんは言った。いつもはわがまま言うと怒るるお父さんだけど、その時だけは何故か優しかった。
 お父さんが服を着がえに行っている間、ユイは何度もゆーえんちいかないの? と聞いてきた。そのたびに私が行かないよ、と答えるとお母さんは怒っているような、困っているような、難しそうな顔をしている。
 しばらくして、お父さんがもどってきた。昼間、コックさん以外の服を着ているお父さんの姿を私は初めて見た。
「電話やインターホンは出なくていいからね。出かける時はカギを閉めるのよ」
「分かった」
「じゃ、おねーちゃん、いってくるねぇ」
 三人がお店のドアから出て行く。私は小さく手をふって見送ると、カギを閉める。お店の中をじっと見つめた。いつもならお客さんでいっぱいのこの時間。私やユイがこれしてほしい、これ探してるんだけど、と言うと、あとでねと言ってそっぽを向いてしまう。そのたびに私は頬を大きく膨らませるばかりだった。小さいころからお店ばっかりで、旅行に行くこともほとんどなかった。忙しい時のお父さんとお母さんは嫌い。本当は私やユイのことなんてどうでもいいんだって、そう思っていた。
 でも――
 客のいないお店はなんだかさびしい。
 それに私は気づいていた。本当はお店にいる時のお父さんとお母さんが好きなんだって。お父さんが作るオムライスがすき。お母さんがお店で「いらっしゃいませ」ってあいさつする時の声が好き。
 ここにいると、あったかくて優しい気持ちになれる。お客さんもお父さんの料理を食べた後はみんな笑顔になる。おいしかったよって言ってくれる。昔はその言葉を聞くたびに私も嬉しくなった。うちのお父さんとお母さんは特別なんだって思った。
 ああ、どうすればお父さんとお母さんが元気になってくれるんだろう? お店にたくさんのお客さんが来てくれるようにするにはどうすればいいんだろう?
 私はお店のカウンターにすわり、テーブルにあごをつけて考える。しばらくしたあとで、さっき読んだマンガの内容が浮かんで――あっとさけんだ。
 そうか、私があのお店でご飯を食べればいいんだ。
 お父さんはサンドイッチを私の分だけのこしてくれたけど――今私が食べなきゃいけないのはあの店の料理だ。私はファミレスがどんな店なのか、調べなきゃいけない。そう、これはテーサツだ。私はスパイとなってテキの様子をさぐり、弱点を見つけなきゃいけない。
 私は自分の部屋に向かうと、貯金箱の蓋をあける。この間おじいちゃんから貰った千円札を掴むと家の鍵を持って外に向かった。

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2013

0923

「あれ? 栞じゃん」
 電車の中で友達と喋っていると、突然声をかけられた。私は思わず肩を揺らす。振り返ると、怜央が車両の奥から爽やかスマイルで近づいてきた。私は一瞬頬が引きつったのを慌てて直す。穏やかな声で言葉を返した。
「怜央、は――家、反対方向よね。どうしたの?」
「ちょっとスタジオで写真を撮りに。栞は今帰り?」
「まぁ、ね」
 私は怜央の手元に視線を置いた。学校指定のスポーツバックの他に大きな紙袋を下げている。中身がちょっとだけ気になったが――あえてそこに触れずにいた。
 電車が減速し、ホームに突入する。扉がゆっくりと開いた。
「じゃ、僕ここで降りるから。じゃあね」
 あまりにもにこやかに去るものだから、私もホームに降りた怜央に小さく手を振るしかない。扉が閉まる。電車がゆっくりと動き出すと一緒にいた友達二人に突然はがいじめにされた。
「ちょ、栞、あのイケメンは何? 何なの」
「まさか彼氏? 恋なんか興味ないって言ってたくせに?」
「残念ながらそんなんじゃありません。あれは父方の従弟」
「本当? すっごいイケメンじゃん。もしかしてハーフ?」
「ううん、クォーター。叔母さんがイタリア系のハーフ」
「うーわー、うーわー」
「ちょ、喜ぶ前にその手離してよ」 
 私は彼女たちの手を強引に振りほどく。数日後にバレンタインを控えているだけあってか、彼氏募集中の彼女たちは目をきらきらと輝かせていた。男(イケメン)に敏感なのはウチらが通っているのが女子高だから、だけじゃない。
 ウチの学校には、卒業までに彼氏がいないと「生きた化石」と呼ばれ一生独身で過ごす――という変なジンクスがある。それは多感な年頃の私達には迷信だと分かっていても、切り離せない枷でありノルマでもある。三年生になると受験でそれどころじゃなくなるから、その前に彼氏や恋愛経験をと考える者も少なくない。冬の三大イベント前なら尚更。皆とても必死だ。
「ねぇねぇ。従弟くんって彼女いるの?」
「今はいないみたいだけど……私はあんまりアイツおススメできないかなぁ」
「えー、そんなことないじゃん。なんでぇ?」
「何としてでも! とにかくアイツは駄目。もっと他を探した方がいいって」
 私は友の肩をがしっと掴むと、本気で訴えた。私に気押されたのか、友達がこくこくと首を揺らす。
 きっぱりと突っぱねたのには理由がある。本当、怜央は薦められないのだ。怜央は頭もいいし運動神経もいい。自分に自信を持っている。痛いほど自分の存在をリスペクトしているのだ。
 一年前、久々に怜央の部屋を訪れた時、私の背筋は凍るを通り越して、むずかゆくなった。部屋が汚かったわけじゃない。部屋にあったものが問題だったのだ。
 部屋の中は怜央の顔で溢れていた。缶バッジやノートといった小物から、果ては机やベッドの抱き枕まで。アイドル並みのグッズが取りそろえられていた。
 三年前訪れた時に見た人気のアイドルグループのポスターも、自分の等身大ポスターで上塗りされている。アンタは何処のアイドルだ、どんだけ自分が好きなんだとツッコミを入れたいくらい。それだったら萌え萌えのアニメキャラのポスターの方がまだ可愛げがあるというものだ。
 あの時、私は怜央の趣味をなんとか堪えて、そんなに自分が好きならアイドルになれば? と言った。すると怜央は首を横に振ってこう言ったのだ。
 僕は常に「誇れる自分」でありたいんだ。だから僕は他人に媚を売る様な仕事はしない、僕の美しさは僕にしか分からない、僕だけ知っていればそれでいいんだ、と。
 その瞬間、当時抱いていたアイツへの尊敬と憧れは見事砕けた。甘い思い出は粉となり、空の彼方へと飛んでいったのである。今にして思えば、そのことが自身の恋に歯止めをかける理由の一つになったのかもしれない。あの時のことを境に、私の男性を見る目は変わった。全てがそうじゃないと分かっているけど、少しでも意識すると脳裏にアイツがちらついてすぐに萎えてしまう。冗談ではなく、見目麗しい身内を持つと良くも悪くも苦労するんだ。本当に。
 私が遠い目であさっての方向を向いていると、携帯が鳴った。怜央からのメールだ。「昨日の僕」という題名に私は思わず声を上げそうになる。添付されたメールを開くと、これまたどこで調達したのかという王子ルックの怜央が映っていた。
 色白なせいで、ロココ調の衣装がよく似合う――似合うが、人様には見せられない。こんな恍惚とした顔はあまりにも恥ずかしすぎて。
 私は速攻で画像を削除する。そしてナルはくたばりやれ、と小さく呟いた。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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