もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
僕には同い年の妹がいる。母親違いの妹だ。
父は僕が生まれて間もなく母と離婚した。原因は父の浮気だと聞いた。つまり彼女は父の浮気相手の子供ということになる。
彼女の顔は写真でしか見たことがなかった。向こうは僕の顔を知らない。この先もずっと関わらないものだと思っていた。
彼女がこの学校に転入してきたのは一年前の今頃だった。
俳優の才能を見込まれた彼女は地方から上京した。僕が通っている学校は芸能クラスがあり、俳優やアイドルの卵たちが在籍している。
生徒にとって芸能人が転入してくることは日常の一部でしかない。だが、僕にとっては何とも言いようのない、苦い事件であった。
僕は極力彼女に関わらないよう過ごすことにした。移動教室の時も彼女が通らない道を選んだ。学校では常に目立たない存在であり続けた。
だが僕の努力は半年で崩されることになる。
あれは校庭の木々が赤く染まり始めた放課後のことだった。
僕は資料室で本を読んでいた。部屋の扉が開く。突然現れた妹に僕は息を飲んだ。だが彼女のかくまって、の言葉で僕は我に返った。
彼女を書棚の奥に誘導し廊下を騒がす輩を巻く。ほどなくして静寂が戻った。
「助けてくれてありがとう」
別に、と僕はつっぱね、読みかけの本に目を落とす。彼女には早々に退散してほしかった。
少しの間をおいてから彼女が近づく。僕の背後に回る。
「あれってなに?」
彼女の質問に僕が顔をあげる。そこには携帯電話のディスプレイが。二人の顔が揃った所でシャッターが切られる。
「な」
「私、ここ気に入っちゃった。また来てもいい?」
「だめ」
「じゃあ、これに【私の彼氏】ってデコって親にメールする」
彼女が携帯をいじりはじめたので、僕は慌ててそれを制する。本気でやめてほしい、と懇願した。
「じゃあ、私もこの部屋使っていい?」
こうなると勝手にしろといきがるのが精いっぱいだった。
「じゃ、今日から二人の秘密の場所ね」
じゃあね、と軽くウインクして彼女は資料室から去っていく。僕はがっくりとうなだれた。
こうして僕は二重の秘密を抱えることになる。(891文字)
滞っている短編連作のプロローグ的なもの。
父は僕が生まれて間もなく母と離婚した。原因は父の浮気だと聞いた。つまり彼女は父の浮気相手の子供ということになる。
彼女の顔は写真でしか見たことがなかった。向こうは僕の顔を知らない。この先もずっと関わらないものだと思っていた。
彼女がこの学校に転入してきたのは一年前の今頃だった。
俳優の才能を見込まれた彼女は地方から上京した。僕が通っている学校は芸能クラスがあり、俳優やアイドルの卵たちが在籍している。
生徒にとって芸能人が転入してくることは日常の一部でしかない。だが、僕にとっては何とも言いようのない、苦い事件であった。
僕は極力彼女に関わらないよう過ごすことにした。移動教室の時も彼女が通らない道を選んだ。学校では常に目立たない存在であり続けた。
だが僕の努力は半年で崩されることになる。
あれは校庭の木々が赤く染まり始めた放課後のことだった。
僕は資料室で本を読んでいた。部屋の扉が開く。突然現れた妹に僕は息を飲んだ。だが彼女のかくまって、の言葉で僕は我に返った。
彼女を書棚の奥に誘導し廊下を騒がす輩を巻く。ほどなくして静寂が戻った。
「助けてくれてありがとう」
別に、と僕はつっぱね、読みかけの本に目を落とす。彼女には早々に退散してほしかった。
少しの間をおいてから彼女が近づく。僕の背後に回る。
「あれってなに?」
彼女の質問に僕が顔をあげる。そこには携帯電話のディスプレイが。二人の顔が揃った所でシャッターが切られる。
「な」
「私、ここ気に入っちゃった。また来てもいい?」
「だめ」
「じゃあ、これに【私の彼氏】ってデコって親にメールする」
彼女が携帯をいじりはじめたので、僕は慌ててそれを制する。本気でやめてほしい、と懇願した。
「じゃあ、私もこの部屋使っていい?」
こうなると勝手にしろといきがるのが精いっぱいだった。
「じゃ、今日から二人の秘密の場所ね」
じゃあね、と軽くウインクして彼女は資料室から去っていく。僕はがっくりとうなだれた。
こうして僕は二重の秘密を抱えることになる。(891文字)
滞っている短編連作のプロローグ的なもの。
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2013
気がつくと、私はガラクタの山にいた。満月が私を見下ろしている。私は数歩歩き、辺りを見渡した。
おーい、ここはどこだ? 誰かいないのか?
ありったけの声で叫ぶが何も返ってこない。
私はひと晩中歩きまわり、叫び続けた。
おおおい。誰かいないか、いたら返事してくれ。
月を見送り、朝日を迎え声も枯れ果てた頃、ようやく人間の気配を感じた。本当なんだってば、と男の子が叫んでいる。
「確かに犬の声が聞こえたんだ。ほら、聞こえるだろ?」
おおい、わたしはここだ。君達は誰だ?
「たぶんこのあたり……あ」
男の子が私を見つけ抱き上げた。
「やった――って、偽物かよ!」
男の子の落胆とともに私は地面に打ち付けられる。
ずいぶんな歓迎ぶりだな、君達は誰だ?
「たぶん、何かの拍子にスイッチが入ったんだろうね」
隣りにいた女の子は言うと、私を拾い腹に触れる。ぶちんと何かが切れる音とともに私の声と動きは封じられた。
「ちぇっ、本物だったらブローカーに高く売りとばせたのに」
「がっかりするのは早いわよ。偽物でも中身はリサイクルできる。少しでもお金になるものはとっておかなきゃ」
ナイフ貸して、と女の子が言う。次の瞬間私のお腹に衝撃が走った。ざく、べりべり。ふわふわの皮が剥がれる。心臓をえぐり取られた。
今度目が覚めたら、私は何に変わっているのだろう。
以前のような愛玩ロボットか、機械の一部か。あるいは兵器になって人間を殺しているかもしれない。
私は自分の運命を嘆くことはなかった。私は金属の塊、感情なんて最初から持っていないのだから――
引越の整理をしている間に眠ってしまったらしい。
私は分解したばかりのコードや金属の中心にいた。
膝の上に犬のぬいぐるみがある。腹のスイッチを入れると犬が歩き始める。数歩歩いてはしゃがんで、きゃんきゃんと吠えまくる。
私は夢の内容を振りかえり、思わず苦笑した。(812文字)
よくある夢オチ。
おーい、ここはどこだ? 誰かいないのか?
ありったけの声で叫ぶが何も返ってこない。
私はひと晩中歩きまわり、叫び続けた。
おおおい。誰かいないか、いたら返事してくれ。
月を見送り、朝日を迎え声も枯れ果てた頃、ようやく人間の気配を感じた。本当なんだってば、と男の子が叫んでいる。
「確かに犬の声が聞こえたんだ。ほら、聞こえるだろ?」
おおい、わたしはここだ。君達は誰だ?
「たぶんこのあたり……あ」
男の子が私を見つけ抱き上げた。
「やった――って、偽物かよ!」
男の子の落胆とともに私は地面に打ち付けられる。
ずいぶんな歓迎ぶりだな、君達は誰だ?
「たぶん、何かの拍子にスイッチが入ったんだろうね」
隣りにいた女の子は言うと、私を拾い腹に触れる。ぶちんと何かが切れる音とともに私の声と動きは封じられた。
「ちぇっ、本物だったらブローカーに高く売りとばせたのに」
「がっかりするのは早いわよ。偽物でも中身はリサイクルできる。少しでもお金になるものはとっておかなきゃ」
ナイフ貸して、と女の子が言う。次の瞬間私のお腹に衝撃が走った。ざく、べりべり。ふわふわの皮が剥がれる。心臓をえぐり取られた。
今度目が覚めたら、私は何に変わっているのだろう。
以前のような愛玩ロボットか、機械の一部か。あるいは兵器になって人間を殺しているかもしれない。
私は自分の運命を嘆くことはなかった。私は金属の塊、感情なんて最初から持っていないのだから――
引越の整理をしている間に眠ってしまったらしい。
私は分解したばかりのコードや金属の中心にいた。
膝の上に犬のぬいぐるみがある。腹のスイッチを入れると犬が歩き始める。数歩歩いてはしゃがんで、きゃんきゃんと吠えまくる。
私は夢の内容を振りかえり、思わず苦笑した。(812文字)
よくある夢オチ。
2013
「あなた新入生?」
「はい」
「それ、売り物じゃないから」
学食のおばちゃんの言葉には殺気があった。
私が手にしていたのはアイスの乗ったプリンで、それは最後のひとつだった。
カウンターにいるおばちゃんは私をじろりと見る。後ろで作業していた他のおばちゃんも私を睨んでる。何か怖い。そこにある包丁でぶすりと刺されそうな雰囲気だ。
仕方なく、私はプリンを戻して杏仁豆腐の皿を取った。お金を払って友達のいる席を探そうとした時、
「あらいらっしゃーい」
食堂のおばちゃんの声色が甘ったるいものに変わった。あまりの豹変ぶりに鳥肌が一気に立つ。一体何事?
「今日はカレーとハンバーグがあるんですけどぉ、どちらにしますぅ?」
「じゃあカレーでお願いします」
男性の返事にはぁい、と答えるおばちゃん。会話の相手は男子学生だ。ネクタイの色からして三年生のよう。
サラサラの前髪は長すぎず短すぎず、金縁の眼鏡が理知的だ。顔のパーツもほどよくおさまっていて文句なしにカッコいい。
私が唖然とした顔で見ていると、先輩と目が合った。やばい。ガン見していたのが恥ずかしくなって私は目線を下に向ける。ちょうどお盆が目についたが、そこにのったものを見て更に驚愕する。
ご飯はてんこもり、カレーのトッピング全部乗せ、サラダは盛りに盛って芸術的な花の形をしていた。この量を一人で食べきれるかも怪しい。そもそもカレー皿にハンバークがおさまってる時点で終わってる。最初から彼にメニュー選ばせる必要ないじゃん。
先輩は失礼、と声をかけてから私の横をすり抜ける。きらびやかなオーラをまとい、見えない風を吹かせながら。
気がつけば食堂にいる全ての女子が先輩に釘付けになっていた。ハートマークがあちこちに飛んでいる。
つまりこの学校であの人だけが特別な存在なのだ。
私はため息をつく。実を言うとこういう雰囲気はあまり好きではない。『あんなこと』があったならなおさらだ。極力関わらないようにしなければ。
私は心の中で決意を固めると、改めて友達のいる席を探した。(867文字)
「はい」
「それ、売り物じゃないから」
学食のおばちゃんの言葉には殺気があった。
私が手にしていたのはアイスの乗ったプリンで、それは最後のひとつだった。
カウンターにいるおばちゃんは私をじろりと見る。後ろで作業していた他のおばちゃんも私を睨んでる。何か怖い。そこにある包丁でぶすりと刺されそうな雰囲気だ。
仕方なく、私はプリンを戻して杏仁豆腐の皿を取った。お金を払って友達のいる席を探そうとした時、
「あらいらっしゃーい」
食堂のおばちゃんの声色が甘ったるいものに変わった。あまりの豹変ぶりに鳥肌が一気に立つ。一体何事?
「今日はカレーとハンバーグがあるんですけどぉ、どちらにしますぅ?」
「じゃあカレーでお願いします」
男性の返事にはぁい、と答えるおばちゃん。会話の相手は男子学生だ。ネクタイの色からして三年生のよう。
サラサラの前髪は長すぎず短すぎず、金縁の眼鏡が理知的だ。顔のパーツもほどよくおさまっていて文句なしにカッコいい。
私が唖然とした顔で見ていると、先輩と目が合った。やばい。ガン見していたのが恥ずかしくなって私は目線を下に向ける。ちょうどお盆が目についたが、そこにのったものを見て更に驚愕する。
ご飯はてんこもり、カレーのトッピング全部乗せ、サラダは盛りに盛って芸術的な花の形をしていた。この量を一人で食べきれるかも怪しい。そもそもカレー皿にハンバークがおさまってる時点で終わってる。最初から彼にメニュー選ばせる必要ないじゃん。
先輩は失礼、と声をかけてから私の横をすり抜ける。きらびやかなオーラをまとい、見えない風を吹かせながら。
気がつけば食堂にいる全ての女子が先輩に釘付けになっていた。ハートマークがあちこちに飛んでいる。
つまりこの学校であの人だけが特別な存在なのだ。
私はため息をつく。実を言うとこういう雰囲気はあまり好きではない。『あんなこと』があったならなおさらだ。極力関わらないようにしなければ。
私は心の中で決意を固めると、改めて友達のいる席を探した。(867文字)
2013
「楽しそうだね、いつもそうやって遊んでいるの?」
穏やかな声が私の耳に届く。
二階の手前の部屋、扉の向こうに沢井の背中があった。私は彼の隣りに立って同じ景色を見る。目の前にあるのは真っ白な壁。もちろんそこには誰もいない。
「そうか、ここは君の部屋なんだね。うん、素敵な部屋だ」沢井はにっこりと微笑む。
ああ、やっぱりそこに『居る』んですか?
私が目で訴えると沢井は小さく頷いた。
沢井の説明によると、目の前にいるのは五歳位の男の子。壁に突進してぶつかる遊びをしていたらしい。今はこれがマイブームなのだとか。
正直に言うと私はそういった類が苦手だった。でも沢井と一緒にいるようになってそれは克服しつつある。
動揺したり窮地に追い込まれた時、沢井の声を聞くと私の心は落ち着く。穏やかな低音は私にとって唯一の特効薬なのだ。
とりあえず足音と家鳴りの原因は小さな幽霊の仕業だということは分かった。
でもこの後はどうすればいいんだ? やっぱりお祓いとか必要なのかしら?
私が考えあぐねていると沢井はこの子の両親をここに呼んであげるといいんじゃないかな、と言った。
「彼は留守番しているんだ。親の帰りをずっと待っているんだよ」
なるほど。それなら不動産屋に問い合わせれば両親の連絡先が分かるかもしれない。
私は先日不動産屋からもらった名刺を探した。
「好きな動物は? 食べ物は何が好き?」沢井は男の子に再び話しかける。たわいのない会話は傍からみたら異様な光景だけど、沢井の笑顔にそれはかき消される。
私は彼の視線の先に小さな男の子の姿を見た気がした。(682文字)
穏やかな声が私の耳に届く。
二階の手前の部屋、扉の向こうに沢井の背中があった。私は彼の隣りに立って同じ景色を見る。目の前にあるのは真っ白な壁。もちろんそこには誰もいない。
「そうか、ここは君の部屋なんだね。うん、素敵な部屋だ」沢井はにっこりと微笑む。
ああ、やっぱりそこに『居る』んですか?
私が目で訴えると沢井は小さく頷いた。
沢井の説明によると、目の前にいるのは五歳位の男の子。壁に突進してぶつかる遊びをしていたらしい。今はこれがマイブームなのだとか。
正直に言うと私はそういった類が苦手だった。でも沢井と一緒にいるようになってそれは克服しつつある。
動揺したり窮地に追い込まれた時、沢井の声を聞くと私の心は落ち着く。穏やかな低音は私にとって唯一の特効薬なのだ。
とりあえず足音と家鳴りの原因は小さな幽霊の仕業だということは分かった。
でもこの後はどうすればいいんだ? やっぱりお祓いとか必要なのかしら?
私が考えあぐねていると沢井はこの子の両親をここに呼んであげるといいんじゃないかな、と言った。
「彼は留守番しているんだ。親の帰りをずっと待っているんだよ」
なるほど。それなら不動産屋に問い合わせれば両親の連絡先が分かるかもしれない。
私は先日不動産屋からもらった名刺を探した。
「好きな動物は? 食べ物は何が好き?」沢井は男の子に再び話しかける。たわいのない会話は傍からみたら異様な光景だけど、沢井の笑顔にそれはかき消される。
私は彼の視線の先に小さな男の子の姿を見た気がした。(682文字)
2013
颯爽と現れた教授の姿に誰もが青ざめた。手ぶらで会場に来たからだ。
「教授、学会の資料はどうしたんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
昨日、一人で発表の練習をするからと言って教授は資料を持ち帰っていた。必ず明日持ってくるから、と言いながら。
「家を出た時はちゃーんとバッグに入れて持っていたんだけどねぇ。カラスにでも持ってかれたかな?」
「つまり、ここに来る途中に無くしたということですね」
「まぁ、そういうことですねぇ」
次の瞬間、教授の座っていた椅子が吹っ飛んだ。もの凄い音が部屋の中をこだまする。
ひっくり返った教授の頬には見事な痣ができあがっていた。見事なパンチを披露したのは教授の一番弟子。彼女はありえない、と嘆いている。
「一体どうするんですか? これから発表ですよ? 今から資料とスライド作り直しても間にあわないじゃないですか!」
「まぁ落ちつきたまえ、ここは礼儀を重んじる国、日本だ。
君は知っているかい? この国は海外に比べて落し物が戻ってくる確率が高いんだ。特に財布や携帯電話は七割近く持ち主に戻ってくるという結果が出ている。これって素晴らしいことだよね」
「で?」
「私のバックの中には学会の資料の他に携帯と財布が入っていた。つまり、今頃私のバッグは優しき誰かが拾っているかもしれない。そして何らかの形で会場に連絡が来るだろう。その可能性は十分にありえる」
「ではそれまで待っていろと?」
「そういうことだねぇ」
「もう一発殴られたいですか?」
ドスの効いた声が辺りを震わす。やばい、こうなるともう歯止めが効かなくなる。
俺は彼らの視界に入らないよう後ずさりをしながら部屋を出て行く。そっと扉を閉めてから数秒後、雷が盛大に鳴り響いた。(737文字)
「教授、学会の資料はどうしたんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
昨日、一人で発表の練習をするからと言って教授は資料を持ち帰っていた。必ず明日持ってくるから、と言いながら。
「家を出た時はちゃーんとバッグに入れて持っていたんだけどねぇ。カラスにでも持ってかれたかな?」
「つまり、ここに来る途中に無くしたということですね」
「まぁ、そういうことですねぇ」
次の瞬間、教授の座っていた椅子が吹っ飛んだ。もの凄い音が部屋の中をこだまする。
ひっくり返った教授の頬には見事な痣ができあがっていた。見事なパンチを披露したのは教授の一番弟子。彼女はありえない、と嘆いている。
「一体どうするんですか? これから発表ですよ? 今から資料とスライド作り直しても間にあわないじゃないですか!」
「まぁ落ちつきたまえ、ここは礼儀を重んじる国、日本だ。
君は知っているかい? この国は海外に比べて落し物が戻ってくる確率が高いんだ。特に財布や携帯電話は七割近く持ち主に戻ってくるという結果が出ている。これって素晴らしいことだよね」
「で?」
「私のバックの中には学会の資料の他に携帯と財布が入っていた。つまり、今頃私のバッグは優しき誰かが拾っているかもしれない。そして何らかの形で会場に連絡が来るだろう。その可能性は十分にありえる」
「ではそれまで待っていろと?」
「そういうことだねぇ」
「もう一発殴られたいですか?」
ドスの効いた声が辺りを震わす。やばい、こうなるともう歯止めが効かなくなる。
俺は彼らの視界に入らないよう後ずさりをしながら部屋を出て行く。そっと扉を閉めてから数秒後、雷が盛大に鳴り響いた。(737文字)
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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