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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0915

 私の村では満月の夜になると、その月、数えで十三を迎えた子供たちが「夜の散歩」を始める。十三はまだ子供ではあるが「ひとりで判断し行動できる年頃」と言われていた。夜の散歩はこれまで親の元で大事に育てられた子供たちが巣立つ、村の儀式のようなものだった。
 秋の終わりに生まれた私は次の満月でちょうど十三を迎える。今回の散歩はいつもとは違い、その規模をだいぶ縮小していた。本来なら中止になってもおかしくない状態だった。その理由は他でもない。冬が近づいているからだ。冬になればこの村は雪で埋もれて散歩どころではなくなってしまう。大人たちからも霜が降る前までに帰ってこいという、条件付きの承諾だ。それでも私の心は躍った。初めての夜の散歩が幼馴染のヨモギと一緒なのも嬉しかった。
 当日、私はおにぎりとおやつ、温かい飲み物の入った水筒と小さな包みをを風呂敷にくるんだ。端っこを結んで背負い、ランタンの紐を自分の腕にくくりつける。最後に、茜色のマフラーを自分の首に巻いた。
「ひとりで大丈夫?」
 玄関先で私はそう聞かれる。心なしか心配顔の両親に大丈夫だから、と笑った。
 家を出た私はまっすぐにヨモギの家に向かった。ヨモギは家の前で待っていて、その体を震わせていた。
「やだ。なんで家の中で待ってなかったの?」
 私は慌ててリュックから包みをひとつ取り出し広げる。出てきたのはこの間完成したばかりのマフラーだ。蓬色のそれをヨモギの首にかけてあげる。色違いのお揃いなの、と私が言うとお互いの顔から笑みがこぼれた。
 私たちの散歩は村のはずれにある丘の上までだ。ヨモギは体が弱いから丘の上まで歩くのは普段の倍以上かかるだろう。それを計算して私達は他の子たちよりも一時間早く出発した。片方の手でランタンを、反対の手でお互いの手をしっかりと握る。ゆっくりと足並みを揃えて丘を昇る。
 ヨモギの体を気づかい、小刻みに休息を入れた。途中で他の子に抜かれたけど、そんなのは気にしない。だってその分、ヨモギと沢山の喋りできるんだから。私たちはたっぷり時間を使って上まで登る。最後の難関を超えると視界が開け、満天の星が私達を迎えてくれた。まんまるの月がとても大きくて、今にも落っこちそうだ。
 乾いた草むらで私は繋いだ手を一旦離す。丘の上に立つ一本の木を指した。
「あのね、ここから村が良く見えるの」
 私の声にヨモギはこくりと頷いた。そっと私に寄り添うとまるで二人三脚のように腰まである枯れ草の道を歩いていく。木の根元までたどりつくと、その口からわぁ、と立て続けに声が広がった。
 麓を照らすのは家の灯りたち。ぼんやりと浮かぶ村の景色は幻想的だ。まるで違う世界に飛び込んでしまったかのような錯覚を覚えた。
 しばらくして教会の鐘が鳴る。村が眠りの時間を迎えた。家の灯りがドミノ倒しのように消えてゆき、闇の中へ消えてゆく。私はランタンの火を消した。上を見て、とヨモギを促す。ヨモギの、二度目の感動が私の心を揺らした。しんと静まり返った村に空が微笑んでいる。時折光の向きを変えながら、星は私たちを優しく見下ろしていた。
「綺麗だね」
 そう言葉を紡いだヨモギの頬は興奮で赤く染まっていた。白い息が空へと昇ってゆく。とおいとおい、遥か先にある星に向かって。

80フレーズⅠ「12.硝子越し」の村のお話。

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2013

0914

 その日の朝はすっきりしない空だった。
 台風が近づいているせいか、どす黒い雲が広がっている。時折窓ガラスが揺れている。窓辺に置かれた鉢植えの観葉植物は長い葉を下げたままで、天井を向く気配すらない。このままではいずれ葉の色を変え、朽ちてしまうだろう。
 だからといって私は何かをするわけでもない。いつものようにリビングでコーヒーを片手に新聞の社会面に目を通すだけだ。それが私の毎朝の日課であり日常である。伸びたひげをさすりながら、私はこの国の情勢に目を向けた。
 まず目に飛び込んだのは台風のニュースだ。昨日中部地方に上陸した台風二十五号は甚大な被害を及ぼしたらしい。山林の広がる田舎町では土砂崩れが起き、国道が寸断されたとか。この影響で停電も起き孤立してしまった地域もあることから、自衛隊が出動するのだとういう。
 台風は勢力を弱めたが、それでも私の住む関東へ予定通り向かって来るようだ。早ければ今日の夕方には関東に再上陸する。記事は学校、会社からの帰宅の際には注意が必要だという警告で結ばれていた。
 台風の情報で場所を割かれていたため、他の記事は申し訳程度に載せられている。交通事故、先月起きた殺人事件の続報、過去の裁判の結果――それらの中に注意を引くものはなかった。もしかしたら知っている名前が出てくるかと思ったけど、そういうのは大抵テレビに出ている芸能人か国会議員くらいなものだ。
 私は新聞を畳むとコーヒーに口をつけた。カップを離した所でため息をつく。腹が空いたのでパンでも食べようかと思ったが丁度切らしていた。
 仕方なく私は冷蔵庫に向かう。なにかないかとあさってみると、母が作り置いて行ったかぼちゃの煮物と冷凍ご飯が残っていた。レンジで温め、食卓に並べる。頂きますも言わず、ただ機械的に口に運んだ。
 母の作る料理は不味くはないが、味が濃すぎる。昔はこの味が当然で当たり前のように食べていたのに。いつの間にか妻の薄味に慣れていた自分に少しだけ驚いた。煮物を半分も食べないうちにご飯が切れたので私は箸を置いた。今夜は取引先との食事会があるので帰りは遅い。明日は出張だ。だからもう煮物を食べる時間はない。私は煮物をゴミ箱に放り込むと、タッパーと茶碗だけ洗って水切りに置いた。
 歯を磨き、髭を剃り、顔を洗う。髪を整えたあとトイレで用を済ませると、アイロンのかかってないシャツを引きずり出す。ソファーにあったズボンを履き、鏡の前でネクタイを締めると冴えないサラリーマンの完成だ。
 妻が家を出てからもうひと月が経っていた。妻は同窓会に行ってくると言ったまま姿を消した。連絡のひとつもない。突如として崩れ落ちた日常は私の心に大きな穴を開けた。温厚で優しくて、これまで私に尽くしてくれたからこそ、その衝撃は大きい。
 時間に余裕があったので、私は洗濯物の塊を片づけることにした。服を一枚一枚取りながら、先ほどの土砂崩れの記事を思い出す。孤立した住民たちは今どんな暮らしをしているのだろう。電気も使えない脱出口もない状態で、彼らは何を考えるのかと思いを馳せる。そうしないと余計なことを考えてしまうからだ。
 妻は何が不満だったのだろうか。私が何をしたのだろうか。何度問いかけても答えは一向に出てこないのは分かってる。返す人がいないのだから。だから私はいつも通りの生活を続ける。妻が戻ってきた時にちゃんと話しあえるよう、居場所を作るために。
 だが、そんな思いは脆くも崩れてゆく。その始まりは私の携帯にかかってきた一本の電話だった。

ヒキを作っておきながらその先の続きがないのはいつものことで。

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2013

0913

 その日、校長から停学処分を宣告された私は肩を落としながら校庭を歩いていた。
 停学の原因は校外での飲酒と喫煙――なのだが本当の所私はやっていない。生徒間で流れた動画は完全なる誤解であって私は無実なのだ。でもそれを証明するにはかなりの労力が必要で、提示された三日間の停学よりも時間がかかる。今の私にはそこまでする気力すら残されていなかった。
 校門の前まで来た所で私の足がふと止まった。悪の根源である黒塗りのベンツが停まっていたからだ。私は思わずげ、と言葉を漏らす。それと同時に車の扉が開き、ヤツが現れた。
「おお親友ではないか」
 その、本気だかわざとなんだか分からない台詞に私は思わず身構える。目の前に現れたニシという男は私と同じ高校生だ。でも育った環境が全然違う。ヤツは年収数十億を抱える実業家の息子で――いわゆるボンボンだ。ニシは私にとって疫病神以外の何者でもない。何故なら私が停学に追いやられた理由のひとつにニシの存在があるからだ。
 ニシは目の前にある校舎をひととおり眺めるとにっと笑った。
「ここがおまえの通う学校か――思ったより狭いな」
「ここは公立高校であんたの通う超セレブの私立高とは違いますからねぇ。つうかなんでここまできた? あんたは私のストーカーか?」
「丁度いいところで会った。ヒガシよ。校長か理事長のいるところに案内しろ」
 ニシの言葉に私は眉をひそめた。先日あんだけ私を引きずりまわして、今度はウチの学校で何をしようとするのだろう。
 私はきゅっと唇を結ぶ。最初は私の停学処分を取り消して貰うよう取りなしてくれるのかと一瞬思ったが、私はその考えをすぐに打ち消した。こいつはそんな人助けをするようなヤツではない。というか、私が停学処分をくらったのはつい先ほどでこいつは何も知らないはず――
 私はいぶかしげな顔でニシを見上げる。でも深く追求すると面倒なことになりそうな気がしたので正面玄関入ってすぐの所だから、と場所だけ教えた。だが、ニシは一人で行くのは嫌だと駄々をこねる。あんたは何処の子供だと思いつつ、結局私がついて行くしかなかった。 
 全く、何で私がこんなこと。また校舎に戻らなきゃならないなんて気まずいったらありゃしないじゃないか。
 私は心の中でぶつぶつ文句を言いながら校舎に戻り、ニシの先を進む。廊下を歩いていると、先ほど顔を合わせたばかりの担任に出くわした。私の姿を見つけ、担任の表情が険しいものに変わる。
「ヒガシ、おまえまだこんな所にいて――早く自宅に戻りなさい!」
「あの、そうしたいのは山々なんですけど……コイツが」
 私は後ろにいるニシを指差した。担任はニシの頭からつま先までひととおり見すえるといぶかしげな顔をした。当然だ。ここの学校の生徒でもない人間がアポも取らずに学校に乗り込んできたのだから。不審者として扱われても仕方ない。というか不審者でつまみ出してほしいのだが。
 難しい表情の担任にニシが首をかしげる。
「ヒガシ、これは何者だ?」
「ウチの担任。あの、先生。コイツを校長室に用があるみたいなんですけど。案内してもらえませんか?」
 私はチャンスとばかりにニシを担任に押しつける。じゃあ、と言って踵を返した。来た道を戻ろうとすると、反対方向に向かう担任とニシの会話が耳に入ってくる。
「一体何の用でここに?」
「明日からこの学校に通いたいのだが――転入手続きはどうすればいいのだ?」 
 その一言に廊下を歩いていた私の足が止まる。気がつけばくるりと振り返りはあぁ? と声をあげていた。
「何それ、転入ってどういう事よ」
「どうも何も。言葉の通りだが?」
「だからってどーしてアンタがこの学校に通う必要があるわけ? アンタは金持ち専用の学校があるでしょうが!」
「あの学校は生徒も教師もいちいち鼻について居心地が悪い。それなら親友と同じ学校に通う方が有意義だ」
「親友って……」
「もちろんおまえのことだ」
 即答するニシに私の顔が更に引きつる。
「あのさ、私はあんたの親友になった覚えもないんだけど。つうかアンタは顔見知り以下! 金輪際関わりたくないんですけど!」
 私の強烈なパンチにニシがぐっ、と言葉を詰まらせる。でもヤツはそんなことではへこたれなかった。ふふふ、と不気味な笑い声をあげている。
「いいね。そう言われると余計燃えてくるというものだ」
 何だよこの変態は。私は思いっきりドン引きした。
 ああ、この非常に残念な人間をどうにかして欲しい。今すぐに。

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2013

0912

 鎌田が教室から出て行く姿を見送ると、前の席に陣取ったクラスメイト二人から質問攻めされた。
「あんた一体どういうつもり?」
「鎌田のこと嫌いって言ってたわよね。なのになんで」
 彼女たちの目はつり上がっている。刺すような眼差しはとても好感を持てるものではない。もともと友達といえるほど仲がいいわけでもない。顔見知りぐらいで話しかけることはない存在だ。なのに彼女たちが私に話しかけてきたのには理由がある。私もその内容を薄々は感じとっていた。私はこれから始まる重圧に向けて身構える。
「まさか――鎌田と付き合ってるって噂、本当だったわけ?」
 彼女たちが苛立つのも無理はない。夏期講習の五日目に入って彼女たちの憧れである鎌田がこれまでと違う行動に走ったからだ。朝から私の隣りの席に座って授業を受けて、昼休みも私と一緒にお弁当を食べてそのあと勉強を教わって――そんなやりとりに周囲が冷静でいられるわけがない。今日の授業が終わったら鎌田が自分から話すと言っていたけど。そのタイミングだとたぶん遅いと私は思った。それに鎌田に好意を持ってる人に嘘を言うのは逃げな気がした。だから私は付き合ってるよ、とだけ答える。
 あっさり返ってきた答えに彼女たちが絶句したのは言うまでもない。その出しぬけたと言わんばかりの展開にちょっとだけ快感は覚えたが、私はすぐに表情を引き締めた。口火が切られたのは数秒後のことだ。
「な、何よそれ、聞いてないわよ」
「気のないフリして横からかっさらって――優越感に浸りたいわけ?」
 彼女らの不満は直球勝負だ。それを受けた私は別にそんなつもりはない、とやんわり返す。
「私はただ事実を述べただけ。それが礼儀だと思ったから」
「何が礼儀よ!」
「ちょっと頭がいいからって偉そうに」
 我を失った取り巻きの一人が私に掴みかかる。髪を引っ張られそうにになった瞬間、止めなよ、という声が耳に届いた。
「小学生じゃあるまいし。そういうのってみっともない」
 彼女たちは声のあった方向を覗きばつの悪そうな顔をする。
 私を救ったのはクラスメイトの木下だ。木下は鎌田の取り巻きの一人で、グループの中でもリーダー的な立場にいる。派手な見た目は鎌田に匹敵するものがある。でもグループの中にいてもどこか冷めた目をしている印象が私の中では強かった。
 木下は緩く巻いた髪を指で軽くあしらうと私に近づいた。上から目線で私を見下ろし、鼻で笑う。
「別に鎌田と付き合ったっていいじゃない」
「でも」
「どうせ続かないんだから。鎌田は大学に行きたがってる。今は勉強を教えてくれる『先生』が欲しいだけ。受験が終われば用済みになるんだから。新條だってそれを分かってて付き合ってるんでしょ?」
 それはあからさまな悪意だった。先の言葉にそうよね、と賛同する声がちらほらと出る。傍観者たちはただ息を呑んでいた。このなんとも言えぬ空気に無関係の人間は引いていたのかもしれない。
 木下も木下に群がる彼女たちも私を責めることで自分たちを正当化しようとしている。そうすることで鎌田への気持ちを保ち続けている。
 けどその言葉が私の心にぐさりと刺さったのも事実だ。あからさまな悪意は上向きだった気持ちにストップをかけた。もやもやの隙間から隠れていたもう一人の自分がちらりと顔をのぞかせる。その女の言うとおりだと私をつつく。受験が終わったらおまえは捨てられる。今ならまだ戻れると。
 私は引きずられそうになったのをかろうじて堪えた。昨日、自分の思いのたけをぶちまけた瞬間から私の戦いは始まっている。みっともなくてもこの気持ちからは逃げないと決めたのは他でもない、自分なのだ。
 私は教科書を縦に持つと、机に勢いよく叩きつけた。それは攻撃に対する威嚇ではない。自分を落ちつけるための発破だ。
 かなり音が響いたのか、教室が静けさで埋まった。私は木下の目を見た。ご忠告ありがとう、という言葉を落とす。
「それでも私は鎌田のことが好きだし、鎌田のことばを信じてる。別れるつもりは毛頭ないから」
 声のトーンが少しだけ上がる。普段口にしない言葉を発したせいか、いつもより心拍数が高い。それでも心の中のもやもやはすっかり晴れていた。
 私の宣戦布告に木下の顔が紅潮する。反論する言葉を失ったのか、くるりと踵を返された。ふわりと揺れる髪に取り巻きたちがついて行く。この時私は昔誰かが言っていた「攻撃は最大の防御なり」の言葉を身をもって知ることになったのだ。

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2013

0910

 まず最初に、突然家を出てしまったことを申し訳なく思う。
 でもこうするしか方法はなかった。私も正面から君と話すのは難しいと思った。きっと感情にまかせて喋ってしまいそうだから。だから手紙をしたためることにした。
 君と過ごした数カ月はとても穏やかで心地よかった。今思い出しても楽しい事しか浮かばない。
 君は身寄りのない老いぼれをどういうわけか自分の家に泊めてくれたね。美味しい料理を差し出し、風呂を用意し、温かいベッドの上に寝かせてくれた。そしていつまでもここにいていいよと言ってくれた。それは絶望の道を歩いていた私にとって神様のおぼしめしのような、縁のようなものさえ感じていたんだ。
 一緒に過ごしながら、私は君に何かしてあげたいとずっと前から考えていた。
 私は年を取りすぎて労力で返すことは難しい。学校に通ってなかったから知識もない。できるのは畑仕事をするくらいだ。でもこの場所には畑どころか土もない。
 たったひとつ、君の為にできることがあるとするなら、それはこの体を検体として差し出すことだろう。
 君が身寄りのない老いぼれを養ってくれた理由はすぐに気がついた。君が本当は医者ではなく、研究者でもあることも。あの悪しき存在を作った上司の命令で私を囲ったことも。
 でも君はそんなことを微塵とも感じさせず、私に尽くしてくれた。私の身の上に心から同情し、涙を流してくれた。それが贖罪の涙だと後から知っても、私は君を恨むことはできなかった。君の誠実さ、優しさを私はずっと見ていたから。それに私はこれまで何度も救われたのだから。
 君も知っている通り、私は先のテロで国を追われた。細菌を巻かれ、愛しい家族と沢山の友を失くした。私はかろうじてその抗体を持った唯一の存在で発症してもなんとか生き延びた。私は権力者たちにとって喉から手が出るほど欲しい存在らしい。
 君は私を差し出すことにまだ葛藤を続けているのかもしれない。私に後ろめたさを感じているのかもしれない。でも私はそれで構わないと思っている。それが見えざる何かの手による策略だとしても、だ。
 君は私を失う事を恥じることはない。私が研究に協力すればあの悪しき存在を消すことができるだろう。ワクチンが完成すれば、この世界は救われる。君の手によって沢山の命が救われる。それは君へのささやかな恩返しだと思えばいい。
 どうか私をこれからの研究に使って欲しい。それが君の糧になるというなら喜んでこの身を捧げよう。脳や皮膚や、細胞のひとつひとつに至るまで――どうか今後の研究に役立ててほしい。
 君の未来が輝かしいものであるように。私は君の影となりそっと祈ろう。少しの間だけでも、家族になれたことを幸せに思う。
 ありがとう。本当にありがとう。

老人が恩人にしたためた手紙、な感じで。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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