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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0821
清々しい空が広がったその日は青天の霹靂とも呼べる出来事があった。以前結婚寸前までいった元カレが私の住んでいるアパートに現れたのだ。私がなんで、と目を丸くしてるとヤツは開口一番、また俺と付き合ってくれ、と言い出した。私ははあぁ?と声を上げる。何いってんだコイツ的な目で見ていると、ヤツはもう一度言った。
「また俺の女にならないか?今度は悪いようにしない」
 それを聞いたとたん、私の中に燻っていたものが噴火した。頭の中でヤツとの過去が巡り堪え切れない衝動が走る。
「それって付き合い始めた十年前に戻れってこと? 随分簡単に言うけれど。私はゲームのキャラか何かですか? 過ごした日々は全て水に流せってことですか? あんたが浮気したせいで相手から様々な嫌がらせを受けてたことも、結婚が破談して身も心もボロボロになったことも、それを親の金で済ませようとしたことも。全て忘れてリセットしろってことですか? それはまた大層なことを言いますねぇ。そんな暴言吐くのは親の血ですか?」
 私は積年の怨みを淡々と吐くと台所へ向かった。引き出しから包丁を抜き、ヤツの前に突き出す。本当に親と同じ色の血が出るか確かめたくなったのだ。
「あと十数える間にここから失せろ、でないと刺す」
 私は本気で脅すとカウントダウンを始めた。ヤツは一瞬きょとんとした顔で私を見ていたが、そのうち声を上げて笑った。やれるものならやってみろ、と挑発する。
「おまえは俺を殺せない。絶対できない」
 その自信に満ちた発言に私の顔がひきつった。カウントダウンはすでに後半を迎えている。包丁を握った手に力がこもる。唇かゼロの振動を伝えると、私はヤツに突進した。これから来る衝撃に備えぎゅっと目を瞑る。確かに包丁の刃はヤツの体を貫通した。私の体をごっそり連れて。振り返った私にヤツは俺を殺せないってのはそういうことだ、と言う。
「どうやら俺は幽霊になったらしい、つまりは死んだってことだな」
 ヤツは特に悲観することはなく淡々と述べる。それを聞いて私の目元がさらにひきつった。そんなわけない。逃げと悪運だけが取り柄のヤツがそんな、簡単に死ぬわけがない!
 私は再びヤツに立ち向かった。けど、何度突進してもヤツの体から血は流れず手応えすらない。十回ほど同じことを繰り返すと、いい加減認めてくれないかなぁ、とヤツが言う。息絶え絶えの私の顔に鼻先を近づけた。ヤツを至近距離で見るのは久しぶりだ。肌の張りが消え少しやつれた顔に別れてからの年月を感じる。
「わかったわよ」
 私がしぶしぶ諦めて包丁を台所に戻す。ひととおり落ち着いた所でヤツは言った。
「見てのとおり、俺はこの世の者ではない。でもあの世にも行けずこの世界に留まっているんだ。たぶん、この世の未練を断ち切らないといけないんだと思う」
「で? 私に何をしろと?」
「俺の女になってくれ」
「あのさ。どうしてそういう展開になるわけ? 意味が全然わからないんだけど」
 私が正当な理由を求めるとヤツはしぶしぶ話始めた。

 ここまで書いておきながら、作者はヤツの真意を全く考えてないという(汗 そんな話。

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2013

0820
俺はモデルとなる相手に、次は自由にしてていいと伝えたあとで、喋っても構わないと付け加える。本当は静かな方が集中できるのだが、相手が窮屈にしているとそう言わざるを得ない。
 俺は一度目を閉じ深呼吸をする。それからゆっくりと目を開ける。最初に飛び込んだのは戦慄の赤。俺は赤鉛筆を手にすると相手からにじみ出るオーラをひとつひとつすくい出し紙に叩きつけた。輪郭のみを写しとり表情はあえて飛ばす。そのかわり体のしなりや筋肉の動きを線の太さで表現した。無防備に晒された足は細く柔らかく、握った拳は強く大胆に。そうすることで作品に更なる深みが加わる。
 鉛筆を走らせながら、俺は相手の話を聞いていた。内容は――俺と噂になっているクラスメイトのことだ。付き合っているの、と問われ、俺は少しだけ考える。相手の顔を一度伺ったあとで、俺は答えを出した。一瞬だけ鉛筆の動きが止まる。
 目や耳から入ってくる情報は雑多で嘘と真実が混在する。それは発信する側も同様で――それに引きずられると俺の手は動かない。余計な感情に振り回されて何も描けなくなってしまうのだ。そういう時、俺は本能に染まれと呪文をかける。そう、自分の直感だけを頼れと言い聞かせるのだ。
 下書きをひととおり終えた所で時を知らせるベルが鳴った。俺は赤鉛筆を置くと自分の作品を改めて見る。無言で書いた時よりも上手く描けた気がして――俺は思わず苦笑した。スケッチブックをくるりと翻し、相手の反応を見る。その表情に確かな手ごたえを感じた。俺が受け止めた感情は確かにそれで合っているのかもしれない。
 俺は相手の逆鱗に触れることを知りながらも、その名を口にした。これは嫉妬ではないか、と。案の定、向こうはびくりと体を動かした。憎悪の目が俺に降り注ぐ。その馬鹿正直さが俺の悪意に発車をかけた。殺気を感じつつもよかったらあげるけど? と挑発する。相手の拳が震えていた。このまま殴り飛ばされるかもしれないと思い、俺は身構える。だがそれは杞憂に終わった。第三者の介入があったからだ。
 我ながら愚かなことをしたと思う。本当に嫉妬に狂っていたのは自分の方なのに。
 俺はひとつため息をつくと、描いた絵に手をかける。このまま破ってしまいたかった。でもそれができない。そんな自分が悔しい。結局俺はスケッチブックを閉じてその場を離れるのが精いっぱいだったのだ。


今日はどーにも書けなくて、前書いた話の別視点でごまかしてしまったorz 以前も同じことしたので「俺」が誰なのか分かる人にはわかる話かなぁ……

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2013

0819
家の扉を開けると、私がもう一人いた。目の前に鏡があるわけじゃない。手を伸ばせば触ることもできるし、体温を感じることもできる。れっきとした人間だ。私は双子ではないし、生き別れのきょうだいがいるとも聞いていない。突然現れたドッペルゲンガーに私は驚愕した。
「ちょ、騒がないでよ。うるさいなぁ」
 もう一人の私は比較的冷静に私を嗜める。そして不思議そうな顔をした。 
「それにしてもなんで? なんで貴方が『こっち』にいるの?」
「なんでって――こっちが聞きたいわよ。貴方は誰?」
「貴方は私。貴方の知らない私」
「どういうこと?」
「もっと分かりやすく説明しようか?」
 そう言ってもう一人の私はつま先を中心にしてくるりと回る。つけているエプロンがふわりと宙に浮かんだ。
「あのね。私は貴方が選ばなかった未来にいる私なの」
「選ばなかった?」
 私がオウム返しすると、もうひとりの私はこくりと頷いた。
「覚えてる? 三年前の夏、友達とキャンプに行ったときのこと。夜、肝試しをしたよね。でも途中で友達とはぐれて道に迷っちゃったよね。そして元きた道を戻ろうとして――分かれ道にたどりついた」
 その話を聞き、私はああ、と思いだした。三年前、確かに私は土地勘のない森で迷った。方向音痴の私にとって、それは究極の選択だった。
「実はね、あの瞬間に世界が二つに分かれちゃったの。そして私もまっぷたつに分かれて別々の道を選んだというわけ」
 もう一人の私の話は実に胡散臭い。でも目の前にドッペルゲンガーのごとくいるわけだから、まぁそういうことなんだろうと思わざるを得ない。
 あの時私は左の道を選んだ。何故そっちを選んだかというと、どこからか突然現れた蛍がそちらの道を選んだからだ。蛍は綺麗な水辺を好むと聞いている。私は行きの途中で川沿いを通り小さな橋を渡っていたことを思い出した。だから蛍の飛んでいった方向に行けば元の道に戻れると思ったのだ。
 私は蛍のおかげで友達とすぐに再会することができた。蛍に奇妙な縁を感じた私は大学で蛍の研究をするようになって――毎年ここを訪れるようになった。蛍の生態に関する論文をいくつか上げてそれなりの評価を得た。でもそれだけじゃ物足りなくて、今度この地域の家を借りて更なる研究を続けるつもりでいる。
 とまぁ、自分の話は置いておいて。私はもう一人の私について考えることにした。
 私が選ばなかった未来――つまり、三年前の分かれ道で反対の道を選んだと言う事だ。私はふむ、と唸る。少しだけ、というかかなり「その未来」とやらが気になった。私の心を読んだのか聞きたい? ともうひとりの私が聞いてくる。私はこくりと頷いた。その答えにもうひとりの私はわかった、と返事する。
「右の道はね。歩いていくうちに上り坂になって、道も険しくなって。最後は道ともいえない場所を歩いてた。ああ間違ちゃったなって思ったわ。でも私って方向音痴じゃない? 真っ暗だし帰りの道も分からなくなっちゃって。仕方なく歩き続けたの。ひたすら歩いて、歩いて。最後には山のてっぺんまで辿り着いた。そこから見える麓の景色は最高だった。真っ暗な山の中にぽつんぽつんって見える家の灯りが蛍みたいでね。空は澄んでいて、星がキラキラしていて。見ているだけで幸せな気分になれた。けどこれ以上歩くことができなくて――翌日の夕方、地元の捜索隊に発見されるまでずっとそこにいるしかなかったの。友達はすごく心配されたし親にはこっぴどく叱られて。すごい悪い事しちゃったなぁって思ったわ。
 でもね、私はあの時歩き続けたことを後悔してないの。だって、あんなにも素敵な景色を見ることができたんだもの。だからいつかは、ここに住んでみたいと思った。そして今度、その夢が叶うことになったの」
 そう言ってもう一人の私は左手を天にかざした。左手の薬指に銀色の指輪が光っていた。
「私ね、今度結婚するの。相手は三年前に遭難した私を見つけてくれた人。私の恩人でもあるの」
 そして面白いよね、ともう一人の私は言った。
「貴方と私、それぞれ違う選択をしたのに着地点は一緒。これってすごくない?」
 確かに。ひとつの分岐点から更に分岐が続いた場合、元の世界と再び重なる確率はかなり低い。一時的とはいえ世界は一つに重なった。これはかなりすごい事なのではないだろうか。
 しばらくすると部屋の中がぐにゃりと歪んだ。重なった世界がまた二つに分かれて行くのだろう。
 もう一人の私の姿がかすんでいく。ばいばい私、ともう一人の私が言う。私も手を振った。世界が遠のいていく。
 この先もう一人の私にまた会える保証などどこにもない。でもどうしてか私は言葉にしていた――また会おうね、と。

気がつけばSFっぽいのになってた話。

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2013

0818

 帰り道の途中で考え事をしていると、幼馴染のミナに声をかけられた。
「どうしたの、道端でぼーっとして」
「名前、考えてたんだ」
「名前って――ウメのお母さんのお腹にいる子の?」
「そう。親に『名前つけさせて』って頼んだら、いいって言われたから」
 名前決めたの? と問うミナに俺は聞きたい? と問い返す。ミナが二度返事で食いついた。俺は思い付く限りの名前を口に出す。
「ええと、杏也だろ、杏太に杏次に杏馬に……」
「やっぱり杏の字を使うんだ」
「当然だろ。他にもあるぞ。杏太郎に杏輔に杏平。それから――」
「それって男の子の名前ばかりじゃない。そりゃウメの気持ちも分からなくもないけどさ。こういうのは天からの授かり物って言うでしょ? 女の子の名前もちゃんと考えないと。それに子供産まれる五月って杏の季節には早いわよ。その漢字名前に使って何か言われたりしない?」
 小姑じみたミナの言葉を俺はああそのへんは大丈夫だから、と軽い言葉で吹き飛ばす。
「ウチはそういったの気にしない――というか、いい加減だから」
 年が離れているとはいえ、子供も五人目となると両親も色々なことが適当になるらしい。そのいい例が俺だ。
 俺は四人きょうだいの末っ子だ。俺の「青梅」という名前には俺の生まれた六月の果物がついている。でもそういった意味で付けられたわけじゃない。両親が俺の名付けで悩んでいたときにすぐ上の姉――桃ねぇが梅酒の青い瓶を持ってきて「これがいい」と言ったのだ。しかも名付けの当人は当時三歳で全く記憶にない。この話を聞いたとき、あまりの適当さに俺は頭を抱えた。今回名付け役を買って出たのもそういったのが根底にある。
 そう、俺にとってこれから生まれてくる弟(であってほしい)は特別な存在になる。だからこそ、適当な名前をつけられてたまるかという気持ちになるのだ。
 俺はそらに浮かんだ候補をもう一度繰り返す。最後にうなり声をあげた。やっぱり女の子の名前も考えるべきだろうか。ああは言ったものの、ミナの言葉も一理あると思った。でもやっぱり俺の中では弟のイメージしかなくて。
 俺は腕を組んで考える。しばらくしたあとでうん、と頷いた。
「女の子の名前はミナに任せるわ」
「はぁ?」
「だから俺ら二人で分担して子供の名前を考えるんだよ」
 俺の提案にミナは目をぱちぱちとさせた。
「……いいの?」
「仕方ないだろ。俺の中では男の名前しか出ないし」
 それに、ミナならいい名前を考えてくれる。そんな気がするのだ。
 俺はすっかり高くなった秋の空を見上げた。寺町を吹き抜ける風も涼しさから遠のいて、だいぶ冷えてきた。あの暑かった夏の日が遠い昔へと変わってゆく。この胸に残ったのはもうひとりの自分との思い出。それはこれから形を変えて、新しい時を刻んでゆく。思い描く未来は無限に広がるのだ。
 やがて隣にいたミナがぱちんと手を合わせる。名前決めたよ、の声に俺の心がうずいた。


本サイト掲載作品「君といた夏」から少し後の話。ここ最近こんな話ばっかだが、物語の隙間を埋めるのは結構楽しかったりする。

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2013

0817
空を飛んでいた私は体を下に傾け、地上へ向かう。険しい山の麓に降り立つと、数か月ぶりにてっぺんの景色を臨んだ。久しぶりに見る故郷はガスでけぶって良く見えない。でも頂上から吹き下ろす風は涼しく清々しい。木々の匂いがとても懐かしい。
 私はこれまで乗っていた箒をしまうと、森の奥へ通じる獣道の前に立った。この道の終わりに私の師匠が住んでいる。そこへこれから向かうと思うと、心なしか緊張が走る。師匠の元には城からすでに書簡が届いているはずだ。内容は私が城に滞在中に怪我をし戻るのが当初の予定より遅れるというというもの。たぶん怪我の理由も書かれているに違いない。
 師匠は私の失態をどう思うのだろうか。それを考えるだけで気が重い。
 役目を終えた隕石がこの惑星に衝突する――流星年を控えたある日、城から書簡が届いた。なんでもこの国の緊急事態ということで、世界中から魔法使いに招集がかかっているとのこと。本来なら私は師匠と共に城へ向かうことになっていた。でも師匠はその知らせが届く数日前に怪我をしてしまい、私一人が登城することになったのだ。過疎地にいるので、知り合いと呼べる魔法使いはほとんどいない。
 城までの道の途中、心細くなった私は親とはぐれたドラゴンの子を旅の友とした。ドラゴンの成長はあっという間だ。出会った頃は手乗りサイズだったのに、二週間も過ぎるとドラゴンの体長は私の腰の高さまでになる。
 ドラゴンには最初から主従の呪文をかけたから、このまま私の使いとして一緒にいることもできた。でもそれを選ばなかったのは、まだ自分がそんな器ではないと悟ったからだ。田舎の山育ちの私にとって彼らは神に近く、尊敬と畏怖の存在に値する。
 誰もいない朝、私はドラゴンにかけた術を解き仲間の所へ促した。ドラゴンは同族同士であれば血のつながりはなくとも共存する。そう思って放したつもりだった。
 でも、私が放したドラゴンは仲間とは調和せず、彼らを襲ったのだ。私も慌てて止めに入ったが返り打ちに遭ってしまう。今まで一緒にいた友が警戒心の強い、魔法を中和してしてしまうブラックドラゴンだと知ったのは、それからすぐのことだ。ブラックドラゴンは翼を広げると、隕石の衝突から守る魔法のシールドを壊し人々に絶望の恐怖を与えた。
 今でも脳裏に浮かぶのは城下町でのこと。私は人々が絶望と狂気に触れるさまを見た。一時的とはいえ、この世界を混乱に陥れてしまった罪は重い。本来なら魔法使いの世界から永久追放されてもおかしくない位だ。
 でも事態を収集すべく、己の手でドラゴンを見つけ捕獲したこと、そして偉大なる魔道士、シフ先生の弁護もあり、最終的に私は不問とされた。
 私はその結果を素直に喜ぶことはできなかった。だってブラックドラゴンを取り押さえたのは私ではなくシフ先生の弟子だから。私は自分で育てたドラゴンにやられるばかりで、結局何もすることができなかった。
 命の恩人ともいえるべき彼女はシフ先生とともにシールドを張り直したあとで、自分の世界へ帰ってしまったらしい。私がお礼を言いそびれたことを残念に思っていると、偉大なる魔道士はあやつに礼などいらん、と言って笑っていた。
 私は鬱蒼とした森の中にある小さな山小屋へ到着する。私は呼吸を整え、ドアをノックした。扉を開くと薬を調合している師匠と目が合う。城に向かう前に負った足の怪我はすでに完治している。
「ただ今戻りました」
 私は姿勢を正し一礼した。ゆっくりと顔を上げ、師匠の表情を伺う。相変わらず無愛想で何を考えているのかが分からない。私は少しだけ目を伏せ、あの、と声をかける。
「戻るのが遅くなってしまい、申し訳ありません……」
 私の謝罪に師匠は何も答えない。もしかしたら相当怒っているのだろうか。
 私は思いきって顔を上げる。自分の持っていた杖を師匠に差し出した。この杖は十三の年に弟子入りして、初めて師匠から頂いたものだ。これを返すということは師弟関係を終わらせること。師匠は私の行動に眉をひそめた。
「何をしている」
「私は取り返しのつかないことをしてしまいました。救うべき人々を混乱に陥れて、師匠の顔に泥を塗って――もう魔法使いになる資格はありません。だから」
 私がどうか受け取ってくださいと杖を押しつけた。やがて師匠が口を開く。
「それは魔法使いを辞める、ということか」
「そうです。というか、当然のことだと思います。師匠だってそう思いませんか?」
「私はお前が何でそう言うのかがよくわからんのだが?」
「え?」
「――もしかして、城でドラゴンを放したことを気にしているのか?」
「そうですよ。っていうか、それ以外にないじゃないですか!」
 私は思わず声を荒げる。でも師匠は私に杖を突き返すとなんだそんなことか、と呟いたのだ。その「どうでもいいや」的な発言に私は思わずは? と声を上げ、慌てて口を手で塞いだ。そんな私に師匠がふっと笑う。
「何を急に言い出すと思ったら――そんなちっぽけなことを気にしていたのか?」
 しょうがないな、と言うような顔で師匠が拳を上げる。私の頭を優しくこつんと突いた。
「そんなことより、私はお前の帰りを待っていたんだ。久しぶりにお前の作るパイが食べたい。庭に丁度熟れた実が成っていてな。どのくらいでできる?」
 その問いに私は溢れそうな涙をぐっと堪えた。
「今すぐに作ってきます」
 私は自分の杖を再び握る。師匠の好きな果実を探すべく外へ飛び出した。


「魔法使いとドラゴン」のその後でプミラとその師匠のやりとり。なんだかんだでお題消化を金曜日に再開できず。でも今日からがんばる。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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