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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

1130
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2013

0620
しばらくの間、クラスの中は何とも言えぬ微妙な空気に包まれていた。東西コンビが今週に入ってから一言もしゃべらないからだ。
 東西コンビというのは、私(ヒガシ)とニシの苗字をもじったもので、学校でもちょっとした話題になっている。ニシの家はいわゆるセレブだ。本来なら有名な私立高校に通ってもおかしくない。なのに公立高校に通っているのはそこに私がいるから、だそうだ。私は向こうから一方的な「親友」扱いを受けていて、事あるごとに私はニシに振り回されていた。はっきり言えば迷惑極まりない話である。
 それでもニシとは挨拶程度の会話を交わしていた。だから今回のようなことは初めてで――クラスの皆から見ればさぞ異様な風景だったことだろう。
 お互いが沈黙して三日後の昼休み、親友の久実が遠回しにニシの話題を持ち出した。たぶん、クラスの皆に代表で聞いてこいとでも言われたのだろう。誰も寄りつかない廊下で私は渋々事情を話す。
 実を言うと、ニシとはちょっとした喧嘩になっていた。
 きっかけはニシが私が欲しいと言っていた時計を先に買ったから。高校生の私が何日も働かなければ買えない金額をニシはぽんと払った――親から貰ったカードで。しかもそれを私にくれてやる的な感じで渡してきた。
 そりゃ向こうは金持ちだし、あっちに悪気はなかったのかもしれない。でも汗水流して働いていた私は何? 毎日時計のショーウィンドウ覗いて、いつの日か買うのを楽しみにしていた私は馬鹿なんですか? 私はキレた。私は自分の努力を真っ向から否定された気がして腹立たしかったのだ。
 私の話を聞き、久実はふむふむと頷く。ウチら庶民だしね、と前置きし、
「まぁ金銭感覚の違いは仕方ないけどさぁ。前から欲しかった時計なんでしょ? 私なら貰えるもの貰って稼いだ金は別のことに使うけどなぁ。もったいなーい」
 と言う。とても賢い意見に私は言葉を詰まらせた。
 確かに自分も大人げなかったとは思う。啖呵切ったあとで言うのも何だが、あの時計はかなり口惜しかった。私だって友達とか彼氏に誕生日プレゼントで貰うなら喜んで受け取った。でも、そんなイベントがすぐあるわけでもないし、何せ相手はニシだ。
 プライドと好意、どちらかを取ると言うなら私は迷わず前者を取るだろう。もし、時計をうっかり受け取っていたらニシは流石俺様と調子に乗るに決まってる。友情(というか私はあいつを友達とも思ってないけど)の押し売りなど紙くずと一緒に捨ててやるわい!
「とにかく、私はあいつと一切関わりたくないの。」
 私はそう言ってこの話を終わりにしようとするけど――
「あ、噂をすればニシじゃん」
 久実の言葉に思わずそっちを見てしまう。遠目だけど、ニシがこちらに向かっているのが確認できた。私に緊張が走る。久実がおーいと呼びつけるので私は慌てて教室に入った。扉に隠れて二人の様子を伺う。
「ちょうどよかった。あんたに聞きたいことがあったんだ」
「何だ」 
「ニシはさ、ヒガシのことどう思ってるの? 異性として好き? 嫌い?」
 久実の質問に私は何を聞いてるんだ、とツッコミたくなるが、ニシが口を開いたので私はぐっと堪える。 
「好きも嫌いも何も、ヒガシは俺の心の友だが?」
「でもさぁ。ニシはヒガシの為にわざわざ転校してきたわけでしょ? この間だって、時計買ってあげてたんだって? それってヒガシを好きってことじゃないの? それって、愛じゃないの?」
 久実が上目遣いで問いかけた。だが、ニシはそれをくるりと翻す。それは断じて違う、と即答する。
「確かに、ヒガシには『親友』としての情を持っているがそれ以上の感情は微塵もない。だいたい俺は恋事に全く興味がない」
「そうなの?」
「百歩譲って俺が恋をしたとしよう。でもその相手は聡明でしとやかな女性だ。ヒガシの足元にも及ばぬ美人で心の綺麗な人間だ――というか、何故そんなことを聞いてくる? それとも俺に聞けとあいつに頼まれたのか?」
「えー……っとまぁ。そんな所でしょうか」
 久実の馬鹿。何言ってんのよ。これじゃ私があいつに片思いしてるってことになるじゃないか!
 私が扉の隙間から怨念を飛ばすと久実の肩がびくりと揺れる。その一方でやっぱりと言うか何と言うか。ニシは期待を裏切らない勘違いぶりを見せてくれた。
「じゃああいつに伝えろ。言いたいことがあるなら本人に直接言え。それから俺などに執着せず他の男との幸せを考えろ、と」
 それはこっちの台詞だ、ボケぇ! 
 私は今にも飛びついて殴りたい気分だった。けど、そんなことをした所でニシが更なる勘違いを繰り広げるのが関の山。ニシがこっちに向かってきたので私は慌てて扉を離れた。黒板を拭く振りをしてニシとの接触を回避する。そしてあとから教室に入ってきた久実をぎろりと睨んだ。
「どうして私があいつに惚れてるって事になるのよ!」
「ごめんごめん。まさか、あんな切り返しされるとは思ってなくて。つい」
「つい、じゃない!」
 胸元に手のひらを合わせ謝る久実に私は口を尖らせた。やっぱり相談するんじゃなかったと後悔する。つうかニシのヤツ、会話の中で私の事をボロクソに言ってなかったか?
 私は悶々とした気持ちを抱えながら自分の席につく。その隣で次の授業の準備をしていた久実がそれにしても意外だったなぁ、と言う。
「ニシが恋愛に全く興味ないって。そりゃ、金持ちは女性もよりどりみどりだろうけどさぁ。恋の一つもないっておかしくない? まさか人を好きになったことないとか?」
 久実が気になるよねぇ、と疑問形で振ってきたので私は絶対聞かないから、と先手を打つ。あいつの恋バナなんて誰が聞くか。そんなこと聞いたら余計あいつは誤解するではないか。あいつの中で絶賛片思い中などという汚名を着せられるのはまっぴらごめんだ。
 そう思った所でチャイムが鳴る。同時に先生が入ってきたので、私は慌てて教科書を広げた。思う所は色々あるけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。来週からは期末試験だ。今は授業に集中しなきゃ。
 私は一つ深呼吸して気持ちを切り替える。が、それは早々に打ち砕かれた。ニシの席は教卓に近い。授業に集中しようと思うほどにあいつの背中が嫌でも視界に入るのだ。
 私はイライラしながら黒板の内容をノートに写した。

(使ったお題:26.それって、愛?)

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2013

0618
お題は「もの書きさんに80フレーズ」(葵さん)から頂きました。

80フレーズⅡ
01.ここからまた始めよう
02.視線が釘付け
03.正しい休暇の使い方
04.溢れる予感
05.オトナとコドモの境界線
06.透明な檻の中
07.それは詭弁だよ
08.崩れ落ちる日常
09.一先ず、戦略的撤退
10.ああ青春

11.世の中なんてそんなもの
12.積乱雲
13.目と目で会話
14.条件付きの承諾
15.なんてこった
16.掌の上で踊らされ
17.平行線のまま
18.こっちが本職
19.理由はいらない
20.ふわふわっ

21.結果が全て
22.昨日よりも今日よりも
23.ほどほどに
24.触れてはいけない
25.零れ落ちた涙
26.それって、愛?
27.踏み出す覚悟を
28.違和感の正体
29.変わらない、変われない
30.こっちを向いて

31.青のグラデーション
32.堪え切れない衝動
33.お待ちかねのご褒美
34.託された伝言
35.予想の斜め上
36.小さな引っかき傷
37.本能に染まれ
38.閉ざされた道
39.糧になるなら
40.指先が震えた

41.夢を見せてあげる
42.断ち切れないループ
43.とっておきの話
44.攻撃は最大の防御なり
45.今はこれで十分
46.鏡に映る姿
47.暗闇に慣れるまで
48.残念な人
49.たまにはこんな一日も
50.人生って甘くない

51.赤い色に気をつけて
52.なんて贅沢な
53.貴方の知らない私
54.追いかけて
55.今宵、流星群の天(ソラ)の下
56.それぞれの形
57.0か100か
58.騒々しい日々
59.そういうこと
60.普通でいさせて

61.ただ、逢いたい
62.うちへおいで
63.正気に戻れ
64.ここが正念場
65.君でなくては
66.さぁ、どっち
67.諦めてなんかない
68.意味と価値の解釈
69.思い描く未来
70.もう少しだけ待って

71.あの日の答え
72.信じてくれるなら
73.かなぐり捨てて
74.てっぺんの景色
75.キラッキラ!
76.誇れる自分でありたい
77.ラストは二人きりで
78.出会いに感謝
79.それからのこと
80.この続きは…

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2013

0616

 彼女宛てのメールを飛ばすことなく、俺は立ち上がった。ゆっくりとした足取りで会社を出て駅へ向かう。こんな日は酒でも飲まないとやってられない。俺の足は自然と繁華街へ吸い込まれていった――

 パソコンにここまで打ち込んだあと、何かの気配を感じた。
 私はそちらに目をやり――ぎくりとする。寝てたはずの息子が布団の上に座っていたからだ。目を覚ましたばかりなのか、息子は辺りをきょろきょろしながら、誰かを探している。パソコンの前にいる私と目があってから、ふぇえと情けない声をあげる。私にはその泣き声が、ふざけんな、と怒っているようにしか聞こえない。さっきまで一緒にいたじゃないか。腕枕してたじゃないか。またすり抜けの術を使いやがったな、と。
 はいはい、申し訳ありません。お母さんが悪うございました。
 私は心の中で呟くと息子の所へ向かった。抱っこし背中をトントンする。すると寝かしつけるんじゃねえと反抗された。私は壁にかかった時計を見る。時刻は三時半を回っている。ああ、こりゃ駄目かもしれん。私は早々に諦めると息子の名前を呼んだ。
「お腹すいてきた? おやつ食べる?」
 そう聞くと泣き声がぴたりと止まる。はい、と返事が返ってくる。くはっ、げんきんなヤツめ。
「じゃあ台所にあるお菓子とってきていい?」
 そう言って私は息子を下ろそうとするが、息子は私にしがみついたまま離れない。やれやれ。私はひとつため息をつく。ひっつき虫を抱えたまま台所に向かった。おやつの用意をしつつ、私はさっき書いたお題小説の続きを考えてみる。そういえば女パートは外に出た所で終わっていたっけ。いっそのこと、女を先に居酒屋に行かせて男と鉢合わせてみるのも面白いかもしれない。また機会があったら書いてみよう。
 そんなことを思いながら私は牛乳をコップに注いだ。一度レンジでチンして温める。片腕で息子を支えながら、お菓子とできたばかりのホットミルクをテーブルの上に置いた。息子を椅子に座らせる。子供がおやつに集中しているのを確認したあとで、私は再びパソコンの前に戻った。本日の更新作業を進める。無事アップロードできた所で、私はほう、とため息をつく。
 私がお題小説を始めてからふた月半。最初は無理かも、と思ったけど「案ずるより産むが易し」とはよく言ったもので、それなりに物語は書けるものだと気づいた。要は集中力の問題なのだろう。創作に取りかかれるのは子供が昼寝をしている間だ。
 私は二時間あるかないかの限られた時間で小さな物語を紡いでいく。それは些細な日常だったり、恋愛だったり。たまにファンタジーを書くこともあった。二時間ほどで書きあげた話は推敲もろくにしてない。それでも物語を完成させたことで私は満足と自信を取り戻していた。
 春に始めたこの挑戦も一つの節目を迎える。今日で最初に与えられた八十個のお題を全て消化したのだ。それぞれの物語は稚拙で、恥ずかしくて、物足りない。それでも話を書くのはとても楽しかったし、その途中で続きや新しいアイディアが膨らむという嬉しい誤算もついてきた。悪戦苦闘した時もあったけど、とても有意義な時間だった――って、過去形で結ぶともう終わりみたいな感じになるけど、私の修行はまだまだ終わらない。
 私には目標がある。それは滞っていた物語の続きを再開し完結すること。何年ごしになるか分からないけど、愛着のあるキャラたちを幸せな結末へ導きたいのだ。
 ああ、そうだ。そろそろ競作企画のネタもそろそろ取りかからないと。毎年参加している夏の企画だが、今回は恋愛ものにしようかと考えていた。実はクライマックスのシーンだけ文章に起こしている。夕暮れの堤防に座りこむ男女の姿。男の背中に体重を預けながら自分の気持ちをぶつける主人公――このシーンは私の中でも思い入れが強くて描写にも気合いが入る。まさに腕の見せ所ってやつだ。
 私が妄想にふけってにたにたしていると、息子に頬をつねられた。物語もいいけど、こっちもちゃんとみなさいよね、そうもの申したげな眼差しだ。
 私は苦笑すると少しだけ肩をすくめた。(1695文字)


ということで、ラストは私小説っぽいので。現実との違いは娘だってことと、企画のクライマックスまだ書けてねーって所でしょうか。
本日で80フレーズⅠが完了。明日から3日ほどお休みを頂き、木曜日から80フレーズⅡを開始します

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2013

0615
 二度も床に頭をぶつけた俺は起き上がる気力を失っていた。あいつの足が俺の前でふらつく。二、三歩後退したあと、くるりと踵を返された。やがてヒールの走る音が届く。それは徐々に小さくなり、やがて扉の向こうへと消えて行った。誰もいなくなった社内で俺はようやく体を起こす。
 一瞬何が起こったのか分からない――というより信じられなかった。
 自分の唇に指を添える。あいつの唇の柔らかさは昔と何も変わらない。すき、の言葉が耳から離れない。
 もしこれが飲みの席だったら酔っているだけ、の話で終わらせていただろう。けどここは会社だ。お互い酒も飲んでいない。素面でもあんな冗談をかますような奴じゃないってことは俺自身が知っている。それに何より、あいつが逃げた時点で冗談でも何でもないということが確定してしまった。
 あいつは俺のことが好き――? そんな馬鹿な。
 俺は横にかぶりを振る。そりゃあ確かに俺とあいつは昔付き合っていた。まだ、この会社に入るずっと前――高校生の頃だ。
 あいつは何でも平均以上の結果を出す、いわゆる出来た人間だった。それでいて負けず嫌いで弱音を吐くのを誰よりも嫌っていた。だから何か悩み事があっても俺に相談することはなかった。
 友達関係の事や勉強のこと、進路のこと。あいつは苦しみや悲しみを一人だけ抱えて、自分で解決していった。いつも聞かされるのは事後報告。だから俺はキレた。
「俺の存在って一体何? 付き合っている意味あるの?」
 そう、あの時俺はあいつに問い詰めた。俺はあいつの辛さを一緒に分かち合いたかった。けどあいつは迷惑をかけたくなかったから、と言うばかり。俺はその一言で済ませようとしたあいつが許せなくて、あいつと何度も揉めた。
 結局喧嘩別れして卒業を迎えたわけだけど、俺はあいつを憎んでいたわけじゃなかった。ただこんな形で終わってしまったことを俺は後悔したし、残念に思っていた。
 大学を卒業した後、俺は中堅スーパーの事務職に就いた。その数年後、社の吸収合併で今の部署に配属になったわけだが、その時吸収した側から出向してきたのがあいつだ。赴任の挨拶でこんなことを言った。
「今日からこちらで働くことになった楢崎です。最初にいっておきますと、実は私には一つだけ欠点があります。それは何でも自分で解決しようとする所です。私はそれを直そうとしたのですがどんなに頑張っても無理でした。なので、それは個性なんだなって開き直ることにしました。でも、この性格では仕事をしても上手く回らないと思います。もし、私が仕事で詰まった時、何か一人で抱え込んでそうだな、と思った時は遠慮なく私を叱って下さい」
 そう言葉を結びあいつは俺を見た。おどけたように肩をすくめる。俺は苦笑した。それでもあいつも自分なりに努力していたのだと知って何だか嬉しかった。もう、昔のような関係には戻れないけど、また「ともだち」からなら始められる、そう思っていた。向こうもきっと同じ気持ちなんだろうと思っていた。
 だけど――
 俺は顔を手で覆う。そんな時、聞きなれた音楽が流れた。彼女からのメールだ。
 まだ仕事してるの? 無理しないでね。
 そんな言葉に胸が軋む。すぐに返事を書いた。わかったと画面に言葉を打ちこんで――指を止める。彼女に話すべきか一瞬迷ったが、結局黙ることにした。話した所で向こうが不機嫌になるのは分かっている。そもそも彼女は俺とあいつが付き合っていたことすら知らない。というかあれは不可抗力だ。黙っていればいいじゃないか。
 そこまで考えて、俺は失笑した。いつの間にか彼女への言いわけを連ねている自分がいる。あいつの気持ちに対して俺は逃げ道を作っている。自分の気持ちを否定している。本当はぐらぐら揺れているくせに。
 その昔、ずるい事を考えるようなるのは大人になった証拠だ、と誰かが言っていた。そんな奴になるもんか、と当時の自分は粋がっていたけど、今はその言葉が心に染みる。
 彼女宛てのメールを飛ばすことなく、俺は立ち上がった。ゆっくりとした足取りで会社を出て駅へ向かう。こんな日は酒でも飲まないとやってられない。俺の足は自然と繁華街へ吸い込まれていった。(1732文字)


29.もう戻れない」の続き立木視点。楢崎が言っていた【やっと「ともだち」まで戻したのに】というのはこういう経緯があったからなのです。

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2013

0614
 その日、私は相当へこんでいた。仕事で重大なミスをしてしまい、取引先にも上司にも叱られてしまったのだ。
 誰もいない職場でこっそり泣いていると、立木が現れた。立木は隣りの部署で働いている。私の同期であり、学生時代の友人でもあった。どうした? と聞かれたので私はなんでもない、と答える。それでも溢れる涙はなかなか止まらなかった。
 立木が私の隣りの席に座る。いつもならそこでからかってくる所だが、今日は何もしてこなかった。叱りや励ましの言葉をかけるわけでもない。ただ、私の側にいて、泣きやむまで待っててくれた。
 だいぶ落ち着いた私は、ずっと黙っていた理由を聞いてみた。すると立木はこう答えたのだ。
「お前が泣くのって『悔しかった』って時だろ? おまえ、昔っから自分厳しいじゃん。自分でハードル上げて、何もかも抱え込んじゃって。でもそういう弱音絶対吐かないし――というか、吐くのが嫌だろ? それに、おまえは何があっても復活するしな。時がきたら自分から話すんじゃないかなって。だから今は何も聞かない方がいいかなって。そう思っただけ」
「……私の事、知ったように言うのね」
「きっと、腐れ縁ってやつなんだろうね」
 立木はそう言ってにっと笑う。あいつの笑う顔は柴犬に似ている。犬好きな私はそれを見るたびに癒されていた。久々に見た笑顔はとても懐かしくて、愛おしい。
 私の気持ちのたがが外れた。閉じ込めていた気持ちが溢れ出す。
 気がつくと私は立木に抱きつきキスをしていた。すき、と言葉を紡いでいた。ふたり分の重さに耐えられなくなった椅子が横倒しになる。床に頭をぶつけた所で私ははっとした。
 同じように頭をぶつけた立木が私ごと体を起こす。私は立木を突き飛ばし、逃げるように会社を飛び出す。駅までの道を走りながら、私は自分を叱咤した。
 なんであんなことをしちゃったんだろう。私の馬鹿馬鹿!
 立木には彼女がいる。彼女は私の隣りの席で働いていた。立木に彼女を紹介したのも私だ。付き合ってるんだと話を聞いた時、最初は自分のことのように嬉しかった。立木はいい「ともだち」だったし、彼女は可愛い後輩だし。赤い糸を結べてとってもいい気分だった。それなのに。何時の日からかそれを後悔する自分がいたなんて――情けないとしか言いようがない。
 私は自分の気持ちを閉じ込めた。箱にしまって、鎖を巻いて、頑丈な鍵をかけた。それなのに、立木の言葉はその鍵を簡単に壊してしまった。
 明日からどうしよう。私は立木の顔をまっすぐ見ることはできない。立木も戸惑うに違いない。やっと「ともだち」まで戻したのに。もう「ともだち」にすら戻れない。
 私は自分のしたことを激しく後悔していた。(1125文字)

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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